「それは長――い話」 2016年5月30日(月)

すでに2週間前のことなるのですが、招かれた結婚式でヘブライ語による聖書朗読を聞くことになりました。知り合いのお嬢さんの結婚式でした。彼女のお母さんは中国人なのですが、亡くなられたお父さんが半分ユダヤ人で、彼女自身は4分の1ユダヤ人となるのです。メシアニック・ジューの教会に自分のアイデンティティーを見いだしているようです。

新郎はカトリックの背景のヴェトナム人ですが、ハワイで育っているので付添人たちには日本名の人が二人ほどいました。多人種の結婚式でしたが、式は新婦のメシアニック・ジューの教会の方が執り行いました。最初の二箇所の聖書朗読と途中の祝福の祈りが英語とヘブライ語でなされたのです。これぞ年配のユダヤ人婦人とおもわせる雰囲気を余すことなく醸し出していましたが、そのヘブライ語朗読は重厚な響きを轟かせていました。

まさかヘブライ語を結婚式で聞くことになるとは思っていませんでした。式が終わって、メシアニック・ジューの方々がひとかたまりになっていたので、この年配のご婦人に挨拶に行きました。その昔旧約聖書の学びでヘブライ語を勉強したことを告げましたら、親しみを感じてくださったようで、ご自分のことを話し出しました。

カリフォルニア大学バークレー校に入ろうとしたのですが、書類の不備で入れなく、その代わりにヘブライ語を教えることになったようなことを語ってくれました。興味があったので、どこで生まれたのですかと聞きましたら、エジプトで生まれ、イスラエルで育ったと言うことです。イスラエルの軍隊で戦争にも参加したような話でした。

それでどうしてももう一つこのことを聞いてみたくなりました。「それで今はメシアニック・ジューに?」と尋ねましたら、にこりと笑って、「それはもう一つの長――い話」と言って、それ以上説明をしてくれませんでした。その返事の仕方が、確かにとてつもない長い話で、当然立ち話でできるようなものでないという雰囲気でした。そうなんだろうと思って納得しました。

すでに2週間以上経ったのですが、90歳近くと思われるこのご婦人のヘブライ語の聖書朗読と、にこりと笑って「それは長――い話」と言われたことが、ことある度によみがえってきます。誰でもイエスに出会った件は長い話になるのですが、純粋のユダヤ人と思われるこのご婦人のイエスに出会い、メシアと認めていく歩みは、それは想像以上の困難や格闘があってのことなのだと思います。 イエスを旧約聖書で約束されているメシアと認めていくことだからです。

私たちはイエスを信じて魂の救いをいただき、天国に至る切符をいただいたように思って終わってしまうのですが、メシアの到来はイザヤ書に記されているように新しい神の国の到来を意味し、メシアがその王となることです。旧約聖書からの続きをしっかりと生きることになります。現実的なのですが、この地での悪の力との闘いも厳しいものになります。メシアニック・ジューのこの老婦人の顔の深い皺がそれを物語っているかのようでした。

上沼昌雄記

Masao Uenuma, Th.D.
muenuma@earthlink.net
masaouenuma@yahoo.co.jp

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