「祝福の継承を担って」2016年6月6日(月)

 長男家族と長女家族がシカゴ郊外に住んでいて、カリフォルニアから三日のドライブをして訪ねています。荒地のネバダ州、塩の海のユタ州 、雄大な自然のワイオミング州、延々と続くトウモロコシ畑のネブラスカ州、そして田園風景のアイオワ州を横断して6人の孫たちに会いに来ています。

 最初に長女家族のところに滞在して4人の孫の一人の誕生日を祝いました。長男家族も集い、ワシントンから次女も飛んできて、一年ぶりに家族全員が集いました。そして先週から長男宅に来ています。今週末には妻の東久留米のCAJの同窓会がピッツバーグであります。

 先週の水曜の夜に、長男家族が集っているアッセンブリー教会で、夏休みを前にこの一年の子どもプログラムの終了式がありました。100名以上の子どもたちとその親たちが集まっていました。担当の牧師が、子どもたちへの祝福の継承の大切さを語っていました。アブラハムの祝福はアブラハムのためではなくて子孫と地のすべての民のためであるという視点を、N.T.ライトの『クリスチャンであるとは』から教えられていましたので、なるほどと思って聞いていました。

 この牧師が全員の子どもたちを講壇に集めて祝福の祈りを捧げるときに、親たちをも子どもたちの回りに促して、一緒に祈るように仕向けました。その牧師は祈りでも子どもたちが神の民として成長して神とこの世に仕えていくことを強調していました。しかもその役割として「王なる祭司」として召されていることを語っていました。「王なる祭司」とはまさに私もN.T.ライトを通して聖書全体に貫かれている神の民への召しと教えられていたことでした。

 昨日礼拝に伺いましたら、入り口でこの牧師が教会の方々と立ち話をしていたので、タイミングを見計らって話しかけました。「王なる祭司」という表現を祈りのなかで使われましたが、私はN.T.ライトからそのテーマについて教えられましたと言いましたら、ご自分もそうだということで意気投合しました。数年前にN.T.ライトがホイートン大学で講演したときにも聴きに行ったと言うことです。

 「王なる祭司」というテーマは実はN.T.ライトのもう一つの本 After You Believe で詳しく語られています。『クリスチャンであるとは』の最後の方で真の人間としてのあり方を取り上げていて、その具体的な生き方として「王なる祭司」の務めが与えられているというのです。関心があって勝手に訳しだしているのですが、この牧師も After You Believe を関係者との学び会で読み合ったと言うことでした。

 「王なる祭司」の表現は出エジプト、1ペテロ、そして黙示録で使われています。神の祝福を全地にもたらす具体的な役割を担っていることが聖書全体のテーマなのです。最も具体的にイエスにおいて成就され、私たちにもその役割がゆだねられているのです。しかも世代に渡って貫かれている役割です。

 6人の孫のうち4人がすでに小学生になっています。それぞれ性格もはっきりしてきています。将来どのようになるのかは本人たち次第ですが、祝福をさらに次の世代と多くの人に届けていく責任は、アブラハム以来受け継がれていかなければなりません。そのために祈っていく責任はこれからも続きます。孫をいただいている責任です。

上沼昌雄記

Masao Uenuma, Th.D.
muenuma@earthlink.net
masaouenuma@yahoo.co.jp
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