「神はなぜギリシャ語を用いられたのか」2017年1月12日(木)

旧約聖書はヘブライ語で、新約聖書はギリシャ語で書かれています。神の民を選び、その歩みを記すのに彼らの言葉であるヘブライ語を用いたのは納得がいきます。同じ意味合いでギリシャ語が用いられたわけではありません。「定めの時が来たので、神はご自分の御子を遣わし」(ガラテヤ書4:4)とあるのですが、その定めの時に使われていたのがギリシャ語でした。

当時は宗教的な背景としてユダヤ教、文化としてのギリシャ哲学、政治体制としてのローマ帝国の三つ巴でした。N.T.ライトが強調しているところです。ローマ帝国の支配の下でしたが、公用語はまだギリシャ語でした。紀元前332年のアレキサンダー大王の地中海支配以来ギリシャ語が使われていました。紀元前2世紀にはヘブライ語の旧約聖書がギリシャ語に訳され、70人訳聖書として用いられていました。パウロも用いていました。

旧約聖書と新約聖書との間には400年にわたる中間時代がありました。バビロン捕囚からの解放後に、エズラとネヘミヤによるエルサレムでの神殿と城壁の再建の時からイエスの到来までの間です。実はこの中間時代はギリシャ哲学が最も栄えたときでした。神殿再建の前にソクラテスが生まれ、その後にプラトン、アリストテレスが登場してきます。パウロの時にはストア派とエピクロス派が栄えていました。

当時の地中海は想像以上にユダヤ人とギリシャ語を話す人とが入り組んでいました。イエスがエルサレムに入場されたときに、ヨハネ福音書12章が記しているように、ギリシャ人がイエスに挨拶に来ています。弟子たちが取り次ぐのですが、その時イエスが話されたたとえが「一粒の麦」です。あたかもイエスはソクラテスの死を知っていてその対比でご自分の死を語っているようです。パウロが、使徒17章で記されているように、アテネでストア派とエピクロス派の哲学者たちと論じていました。その時の説教が「死者の復活」でした。

「定めの時が来たので」と言われている通りに、神の福音が全世界に伝えられるために当時の公用語であったギリシャ語を用いたというのは納得がいきます。その背後でギリシャ哲学を通過することが必要であったと考えることも出来ます。ただそこには二つに意味合いがあります。正確さを期する哲学的な思想の中で福音の内容が言葉の上で明確にされるためという肯定的な意味と、逆に福音がギリシャ的な二元論の影響を受けて二千年のキリスト教の歴史のなかで変遷してしまったという否定的な意味です。

否定的な意味の代表は「キリスト教は民衆のためのプラトニズム」というニーチェの言葉です。ギリシャ哲学の二元論は肉と物質の世界を離れた「魂の救済」を求めていました。新約聖書の時代のあとこの思想がキリスト教を支配して、死者の復活に基づく新天新地よりも、死んだら天国に行くという霊的な意味だけでの福音理解になってしまいました。単なる精神的なキリスト教で、信じる私たちの心のことが中心になります。信仰義認論もその意味で捉えられています。それは脆弱なキリスト教で、ホロコーストを通して明らかになりました。

肯定的な意味では、ギリシャ哲学との対比の中でキリストによる救いを明確にするためと考えられます。たとえばコロサイ書で「むなしい、だましごとの哲学」とあって「この世の幼稚な教え(ストイケイオン)による」(2:8、参照:ガラテヤ書4:3,9)とあります。哲学に救いのないことは明らかですが、そのストイケイオン自体は哲学用語で、アリストテレスの『形而上学』(岩波文庫上159頁)で「構成要素、元素」と解説されています。千葉先生は「根源的要素」と訳しています。

パウロはその意味を知っていてこのストイケイオンを使ったと考えると、ギリシャ人が考える世界のあり方に対して、キリストによる世界観と生き方の意味をより明確にしていると取ることができます。あるいは神はそのことを分かっていて、御子であるキリストによる新しい世界のあり方を伝えるためにギリシャ語を用いたと考えることができます。言い方を変えると、パウロはギリシャ哲学を分かっていたので、それに影響されることなく、「御子は、万物より先に存在し、万物は御子にあって成り立っています」(コロサイ書1:17)と言い張ることができたのです。

神がギリシャ語を用いられた歴史的事実に「なぜ」と問うことが許されているとすると、それはギリシャ語の意味に沿って新約聖書を読み直してみることかも知れません。 「幼稚な教え」だとどうしてもこちらの視点が強すぎます。世界の「構成要素、根源的要素」と元の意味に沿って捉えることで、その対比でキリストに沿って生き考えることの意味が浮かび上がってくるからです。

上沼昌雄記

Masao Uenuma, Th.D.
muenuma@earthlink.net
masaouenuma@yahoo.co.jp

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