「アメリカ第一主義は」2017年1月23日(月)

アメリカ第一主義は、聖書的には、アブラハムへの神の祝福の約束に反しています。「地上のすべての国民は、あなたによって祝福される」(創世記12:3)が神の約束です。そして、哲学的には、エマニュエル・レヴィナスがその主著『全体性と無限』(岩波文庫)で問題にしている「全体性」に当たります。さらに、歴史的には、その「全体性」はナチスドイツの全体主義でありました。リトアニアのレヴィナスの家族のほとんどがナチスによって殺されたのです。

N.T.ライトの『クリスチャンであるとは』を翻訳しているときに、6章であえて「イスラエル」をとりあげ、アブラハムへの祝福の約束に触れて、上記に引用したその「最後のセンテンスが極めて重要である」(106頁)と述べています。とても印象的なことでした。その約束はイスラエルの歴史を通して、またイエス・キリストを通して、「行きつ戻りつする物語」として「新天新地」まで展開していると、聖書全体を説き明かしています。

レヴィナスは、モーセの律法における神の在留異国人とやもめとみなしごの取り扱いを取り上げます。「在留異国人を苦しめてはならない。しいたげてはならない。あなたがたも、かつてはエジプトの国で、在留異国人であったからである。すべてのやもめ、またみなしごを悩ませてはならない。もしあなたがたが彼らをひどく悩ませ、彼らが私に向かって叫ぶなら、わたしは必ず彼らの叫びを聞き入れる。わたしの怒りは燃え上がり、わたしは剣をもってあなたがたを殺す。あなたがたの妻はやもめになり、あなたがたの子どもはみなしごになる。」(出エジプト22:21-24)

「他者の哲学」とレヴィナスの哲学は呼ばれています。その「他者」の具体的な例としてとして 「在留異国人とやもめとみなしご」を取り上げます。聖書ではさらに、選びの民であるイスラエルに在留異国人でありやもめであるルツが選ばれ、イエスの系図に取り込まれていきます。「全体性」は「他者」を排除します。ナチスドイツで起こったことはその思想が教会にも蔓延ってしまったことです。その結果はヨーロッパの教会の死です。

アメリカの教会も内向きになりすぎています。結局は自分のことしか考えられないのは事実ですが、自分の祝福、自分たちの祝福、自分の国の祝福だけを考えていたら、何のためのキリストの死なのかと、問われることになります。しかし現実には、そんな問いをも覆い消してしまうほどに自己満足の信仰に陥ってしまっているのかも知れません。歴史が繰り返すことを何とか避けなければなりません。

上沼昌雄記

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