「日本の旅で出合った本」2017年6月19日(月)

2月に発売された村上春樹の『騎士団長殺し』を友人の坂本牧師が取り寄せていてくれ、日本に入ってすぐに最初の100頁ぐらい読みました。しかし旅に出ていて、読み終わったのは3週間後でした。その折りには残りを一気に読みました。一言、落ち着かない本です。どこに自分が導かれるのか宙づりにされるからです。この変ちくりんなタイトルの本が読者をどこに導いているのか、何せイデアとメタファーが出てくるのですから人ごとではありません。ある意味で村上春樹の今までの世界の繰り返しなのですが、そこにイデアとメタファーを入れることで、今までにない世界を展開しようとしているようです。その解明は落ち着いて読み直してから考えてみます。

名古屋で最初の牧師の学び会で河野勇一先生とコラボをさせていただきました。先生の40年の牧会と聖書の学びの成果として『わかるとかわるー神のかたちの福音』が同じく2月に出されたからです。一言、見事な本です。なぜかと言えば、聖書理解で難しいと思いわれる箇所を40年にわたって丹念に調べ、ご自分の結論を控えめに出しているからです。自分の神学的な理解の押しつけではないのです。それでも諸説を丁寧に紹介しながらご自分の理解が聖書全体を理解する上で確固たるものであることをしっかりと語っています。牧師達は説教をする聖書箇所をこの本の「聖句箇所索引」からあたって、そこにどのような神学的な意味が含まれているか確認することができます。

この学び会のあとの名古屋市内で『聖書信仰』の著者の藤本満師の講演会がありました。河野勇一先生の紹介で藤本先生ともお話しができました。その折りにCLCで『聖書信仰とその諸問題』を購入しました。旅をしながら読み、旅をしながら感想を書きました。一言、残念な本です。特に河野勇一先生の本でまさに聖書信仰とはこのようなものだと感嘆していたので、ただ自分たちの立場を擁護するために「聖書信仰」を唱えているだけで、自分の母校でもあり、かつて教師として関わった神学校の教師会の出版物としては、何とも残念な思いです。

そしてすでに6月1日付で出ていた『焚き火を囲んで聴く神の物語・対話編』を先週の月曜日にいただきました。 雑誌『舟の右』に載った大頭眞一牧師の12の物語に、一つのレスポンスを書きましたので10部いただきました。その12の物語をもう一度読みました。一言、神学を楽しめる本です。この著者の大頭牧師は、話している時はただ調子を会わせているだけようなのですが、 文章を書くと途端に茶目っ気が出てくるようで、時差攻撃、場差攻撃を当たり前のようにして、思いがけないときに私の名前が飛び出してくるのです。私の名前はともかく、聖書の登場人物のことかと思うと、アウグスティヌスの話になったりするのです。それも当たり前のように場面を変えてくるので、こちらも何処に置かれているのか一瞬分からなくなります。神学の雲の中に知らないうちに導かれている感じです。ともかく不思議な本ですが、楽しむことができます。

といっても旅をしながら読んだので、落ち着いてからじっくり味わいたいと思います。それだけの価値のあるものです。何よりも千葉恵教授の「信の哲学―使徒パウロはどこまで共約的か」の最終原稿の製本されたコピーをいただきました。この夏の学びの教材です。ギリシャ語テキストに対面させられます。そして宝に出合います。

上沼昌雄記

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