「長雨の後に」2018年4月8日(日)

 ここ北カルフォルニアでも「長雨の後に」という言い回しが珍しいほどに、一昨日金曜日は一日雨が降り続きました。日本での梅雨時の雨降りを思わせるものでした。昨日土曜日の朝まで降りしきりました。午後からは待っていましたとばかりにカルフォルニアの太陽が出てきて、気温も上がってきたようでルイーズと散歩に出ました。
 住まいの下の方に雨降りの時だけ水がたまる池があります。下の方から漏れていくので夏場は枯れてしまうのですが、この長雨の後は、池はあふれていました。その情景を観るのも散歩の目的でした。同時にその池の脇で誰かが、近隣から出てきた枯れ木を燃やしていることが、立ち上る煙から分かりました。池のさらに下方に流れている小川が長雨の後であふれるほどであることを確認して、たき火のところに戻ってきました。
 昨年の3月20日付けで「陽気に誘われて近隣と立ち話を」という書いたのですが、その近隣のスティーブが山のようにたまってきた枯れ木を燃やしていました。冬の間は余り会うこともなく、彼のお母さんのことを心配していたのですが、話が始まった途端に焦燥しきった感じで、お母さんの死に面してのお父さんと家族の対応を事細かに語り出しました。すでに50歳代に達しているスティーズの話にはいつも父親のことが出てます。父親に認めてもらいたいという強い願望と、父親からの精神的に暴力的と言えるほど拒絶です。
 話し上手というか、ともかく身振り手振りで、お母さんの死の日の出来事、その場で父親から浴びせられた罵声、スティーブの一人息子の前での父親の態度、どの場面でも、彼がどれほど父親に認められたいのかが分かり、同時にどのようにしても父親から拒絶されてします状況を繰り返し語ってくれました。完膚なきまでに打ちのめされた姿を観ることになりました。神を信じていて、なお「死の影の谷」を歩んでいるのです。
 ルイーズが彼の話を真剣に受け止め、どのようにしても父親にコントロールされるだけだから距離を置くように繰り返し説得しました。心優しい彼にはそのようなことは考えられなかったようです。私も思いがけなく、「奥さんの話を聞くように」と勧めました。そうしたら彼の奥さんもルイーズと同じように、どのようなことをしても父親にコントロールされだけだから、関わらないようとけんか腰で言っていたと話してくれました。それは彼に一条の光を与えたようでした。
 昨年も彼の家の前で立ち話をしていたときに、近隣の人たちが入れ替わりに立ち寄って会話に加わってくれたのですが、今回も近隣の男性がたき火の煙を観て、飲み物持参で会話に加わってくれました。そういうときはキャンプとか猟の話になり、スティーブも猟が好きですので、嬉しそうに語っていました。そこにもう一人の男性が彼も飲み物持参で参加してきました。しばらく楽しい話が続きましたが、自然に会話のグループが二つに分かれて、私たちはスティーブと話の続きをしました。
 その中身はその前に話したことの確認になったのですが、ともかく距離を置いて、父親の巧みな操作に乗らないようにと、境界線を明確にすることで逆にこれ以上コントロールされない意思表示をするように励ましました。彼の奥さんも同じように思っていることを確認して、本人もようやく納得したようでした。続いて祈っていることを伝えて、すでに暗くなりかけているその場を後にしました。
 彼の話の中で父親も同じような環境で育ってきたようで、同じようなことが下の弟さんにも現れているようですが、スティーブはその繰り返しはしたくないとしっかりと自分に言い聞かせています。その通りに彼の一人息子とは兄弟のような麗しい関係を築いています。そんな側面を観てルイーズはいつも励ましています。
 珍しい「長雨の後に」思いがけないタイミングでしたが願っていた会話をいただきました。からだもかなり冷え切ったので、急いで家に駆け込みました。
 上沼昌雄記
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