「歴史の事実への歪曲と沈黙」2018年7月12日(木)

 最上川の隠れ家に滞在の折、農民作家の友人が取り立てのキュウリとイチゴを土曜の午後に届けてくれました。礼拝で会えるからと家人に伝えて帰られました。その荷物には同人誌『手の家』に書いたご自分の連載小説「呼ぶ声がする(上)」も入っていました。反自叙伝とも言えるもので、(下)が楽しみです。もう一つ、『否定と肯定ーホロコーストの真実をめぐる闘い』という文庫本が入っていました。翌日の礼拝後、昼食時に「自分はすでに読んだから、上沼さんも関心があるだろうからプレゼント」と言われました。
 それからさらに旅を続けて、ようやく家に戻って、600頁近い文庫本を一気に読みました。”Denial”『否定』というタイトルで映画化されていて、DVDを取り寄せて2回続けて観ました。ナチスによる大量虐殺はなかったというイギリスの歴史修正主義者のアーヴィングから、史実を歪曲したと断じたユダヤ人歴史学者のリップシュタットが、イギリスで名誉毀損で訴えられたことで、逆にホロコーストが事実であると法廷で証明しなければならない法廷闘争の記録です。映画は要点をまとめて迫力のあるものですが、原書は当事者のリップシュタット教授による法廷での克明なやり取りの記述です。
 忍耐深く歴史の事実の証明に当たる弁護士とそのチームの努力と、その努力が報われて、最後に裁判で勝利して行く過程は息をのむほどの緊張感があります。歴史への誠実さと謙虚さが伝わってきます。それだけ逆に歴史修正主義者の事実を歪曲するだけでなく、話術によって民衆を巧みに自分の世界に巻き込んで行く狡猾さに脅威を感じます。弁護士たちによって事実を突きつけられても、それを巧みにかわすだけでなく、嘘のように思わせてしまう巧妙さにおぞましさを感じます。
 似たようなことが今住んでいるこの国でも起こっているのではないかと思わされます。それを思うと、それこそナチが台頭し、ホロコーストが起きて行った当時のドイツにおいても同じように、民衆は惑わされ盲目のうちに従ってしまったのではないかと思わずにいられません。教会もそこに含まれていたのです。この国でも教会が指導者の虚偽に飲み込まれてしまっているのではないかと思わされます。
 このことでもう一つ考えさせられることがあります。それは、このナチスと『存在と時間』(1927年)で一躍有名になった哲学者のハイデガーとの関わりです。大学総長になったときにはナチ党員にもなっています。しかし、ハイデガーは戦後その事実には完全に沈黙をしてきました。彼の死後、1980年代になってその結びつきを証明する記録が出てくるようになりました。総長就任式での「ドイツ大学の自己主張」と題する就任講演や当時の講義録が出版されるようになりました。
 ホロコーストの生き残りの詩人パウル・シェランが1967年にハイデガーに山荘に招かれた時に、当然謝罪の言葉が聞けるのもの思っていたのに一言も出て来なかったことで綴った詩「トートナウベルグ」があります。同じようにホロコーストの生き残りと言えるユダヤ人哲学者レヴィナスの、なぜハイデガーの哲学はナチスとホロコーストを容認することになってしまったのかという問いがあります。しかし、ハイデガーは貝のように固く口を閉ざしたまま亡くなって行きました。
 シェランは、「来るべき言葉」が発せられなかった絶望感に襲われました。 レヴィナスには、「実存」は自我の固執の是認であり、「他者」の排除をもたらし、さらにドイツ民族の優越さの是認にもなると見えたのかも知れません。 ハイデガーの沈黙は、しかし逆に、彼の哲学の言葉のなかにナチスと結びつく思想を見いだそうとする作業を引き起こしています。
 ホロコーストの事実への歪曲と沈黙は、当然同等には取り上げられないのですが、それぞれがあまりにも現実的なこととして迫ってきます。事実を歪曲しても話術でごまかして行くことが日常になりつつあることにはしっかりと見張って行く必要があります。そうでないとナチス下のドイツの教会と同じことを繰り返すことになるからです。
 信仰を持って大学に入り学んだのがハイデガーの代表作である『存在と時間』でしたので、ハイデガーの実存哲学がどうしてナチとホロコーストを容認することになったのかは、私なりに解決しておかなければならないテーマです。言い方を変えると、ホロコーストがどうしてキリスト教の影響下のヨーロッパで起こったのかとなります。それはこの国のことに関わってくるように思えるからです。
 
 上沼昌雄記
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