「ダニーボーイ」2018年9月3日(月)

 先週の木曜日にアリゾナ州でのジョン・マケイン上院議員の葬儀をテレビで観てから、関心があって、続いての首都ワシントンへの国主並みの軍隊式移送、金曜日の国会議事堂の回廊での弔問式、土曜日のベトナム戦争記念碑でのマケイン夫人による献花、続いての国立大聖堂での追悼式と追うように観ました。ある場面はユーチューブで繰り返して観ることになりました。
 最初の葬儀で4名の人が弔辞を述べました。その中の一人がベトナムの捕虜収容所でのことを紹介してくれました。もう一人はプロフットボールの黒人選手でした。残りの二人は民主党に属する人でした。ジョン・マケインは名だたる共和党員でした。この人選に何とも興味を覚えました。それも生前に決めていたことと言うことでした。国立大聖堂での追悼式でも二人の前大統領が弔問を述べたのですが、一人は共和党のブッシュ大統領で、もう一人は民主党のオバマ大統領でした。それも生前にお願いしてあったと言うことです。
 ジョン・マケインは筋金入りの共和党員と言えるのだと思いますが、実際の政治活動は、自分の信念に従って党派を超えて活動したようです。それゆえに「一匹狼」と呼ばれたのですが、誰とでも真剣に語り合い、友情関係を気づいたようです。選挙で勝ったオバマ大統領はよく二人で大統領執務室で家族のことも含めて語り合ったと言うことです。そして選挙で勝っても、最後には自分に褒め言葉を全国民の前で言わせるのだからマケインの勝ちだと弔問で述べたものです。
 この一連の行事の中で印象的であったのは、3時間近い大聖堂での追悼式の終わりがけに、これもジョン・マケイン自身が計画したことのようですが、「ダニーボーイ」が演奏され、歌われれたことです。聖書箇所も賛美歌も彼自身が生前に決めていたことのようですが、その中でアイルランド民謡ですが、戦地に子供を送り出す母親の思いを歌った「ダニーボーイ」が歌われ、心打たれました。そしてこの場面を繰り返し観ることになりました。
 何度もその「ダニーボーイ」の場面を観ながら聴きながら、大げさですが、ジョン・マケインという人の人間性に触れることができました。そこには当然ベトナム戦争の捕虜収容所での過酷な体験もあったわけです。人間として持つ悲しみにも苦しみにも痛みにも触れるその人間性は、国家も党派も教派も人種も身分も超えるものでした。それゆえに、党派を超えて友情関係を気づくことができたのです。「ダニーボーイ」はジョン・マケインのもう一つの原点だったのでしょう。
 昨日の日曜日の海軍兵学校のチャペルでの個人的な追悼式と墓地での埋葬式は家族葬と言うことで観ることはできなかったのですが、上空を海軍の飛行隊が飛来してくる場面はテレビで観ることができました。4機で飛来してきたのですが、途中で一機が垂直に飛び去って消えていきました。ジョン・マケインへの海軍式敬意ということでした。国家元首にはなれなかったのですが、それ以上の敬意を軍隊からも受け、その移送のすべても軍隊式に厳粛なものでした。
 アメリカ精神というものがあるとしたら、それは国家も党派も教派も人種も地位も超えて、誰もが尊厳と敬意を持って取り扱われるもので、ジョン・マケインはそれに真剣に取り組んだ人と言えるのでしょう。そのアメリカ精神がアイルランド民謡の「ダニーボーイ」とともに日本人の私に響いてきたのでした。
 上沼昌雄記
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