カテゴリー別アーカイブ: ウィークリー瞑想

「心魂の内奥に何が生起するのか」2018年4月12日(木)

 これは千葉先生の新刊『信の哲学ー使徒パウロはどこまで共約可能か』(上下巻)の第二部4章「パウロの心身論」の副題の表現です。「内奥」を「ボトム」とも言い換えていますが、私たちの内面の深くで起こっていることの探求であるることが分かります。「信の哲学」と呼ぶ意味合いもそこにあるのでしょう。身体を持つ誰でもが、自分の内面深くで起こっていることに関心があるので「哲学」の可能性が出てくるからです。
 御著書を送っていただいて全体を見回しながら「信(ピスティス)」を哲学の対象とされる千葉先生の意図を少しでも理解したく思いました。私の中には「心魂の内奥」はまさに「闇」ではないかという叫びがあります。この時期に7年前に書き上げたヨナの怒りの原稿を出版してくださる話があり、ヨナがあの魚の腹の中で過ごした闇の記述を何度か読み直しました。一度研究室にお訪ねしているときに、そこはもうどうにもならない世界ではないのでしょうかという私の発言に、千葉先生が真顔で、もっと知的にならないといけないと言われました。
 そんなことがあって、原稿の段階からこの心魂のボトムでの記述に関心を持ってきました。書物として受け取ってからこの4章に至るには、2章でのアリストテレスの『魂論』の展開を確認しなければと思い、しばらく格闘しました。その2章の副題も「不可視なロゴス『魂』の探求」となっています。目次から分かるのは、「魂の根源的態勢」としてアリストテレスの「実践知」とパウロの「信」の関わりの解明になりますが、私の説明能力を超えています。
 それでも分かることは、パウロが「信」を心魂の内奥の根源的態勢をと見なすとしても、その前に「神のピスティス」と「イエス・キリストのピスティス」が神の啓示の自己完結性としてあり、その上で、それに対応するものとして「私たちのピスティス」が分節していることです。その上で総合が次の課題です。この分節を明確にした上での「私たちのピスティス」の心魂のボトムでのあり方の探求なのです。そうでないとこちらの心的動きが優先してしまって、その投影としてテキストを読み込んでしまうからです。アウグスティヌスもルターもそれぞれ内面の信仰理解はずば抜けているのですが、先の分節なしに、テキストを読み込んでしまっていると言えます。
 千葉先生は「神学的枠組みの密輸入」と呼んでいますが、それを避けるための手立てはテキストそのものの解明にあるとします。神のピスティスの解明をし、その上でパウロのピスティスがどのように対応しているかをテキストに沿って解き明かす作業です。こちらの心の動きとは関係なしにと言えるのですが、テキストの解明によって明らかにされるパウロの心魂のボトムでのあり方は、不思議にこちらの心に反響して、納得を与えてくれます。それが知的な作業であると言われたのだと思います。
 千葉先生の書の3章はローマ書1-4章、4章はローマ書5-8章の言語分析です。この4章の初めで、3章を踏まえての展開をまとめています。「これまでの言語分析の成果を踏まえつつ、パウロにおける心魂の様々なエルゴン(働き)に対する言及の分析を通じて、はたして信が心魂のボトムにおいて遂行される神に対する根源的な信任、移譲行為であり、さらにそこから相互の愛や神の観想に至る一切の秩序ある生が生み出されうる魂の根源的態勢であるのかのさらなる探求に向かう。さらに彼の独自の主張として、叡智や霊の刷新がそこにおいて生じる「内なる人間」が提示され、通常の心身論の対象である身体をかかえた自然的存在者の生の原理としての肉を秩序づけるとするが、その統一理論がいかなるものであるかを探求する。」(上巻624頁)
 具体的にローマ書7章での言語分析には今までにない視点が展開されます。「律法」、「肉」、「私」、「うちに住む罪」、「内なる人」、「心(ヌース)の律法」、「罪の律法」、「みじめな人間」とパウロが言い放つ心魂のボトムの発語には細心の注意を払う価値があります。こちらの心魂が対応していくからです。
 上沼昌雄記
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「長雨の後に」2018年4月8日(日)

 ここ北カルフォルニアでも「長雨の後に」という言い回しが珍しいほどに、一昨日金曜日は一日雨が降り続きました。日本での梅雨時の雨降りを思わせるものでした。昨日土曜日の朝まで降りしきりました。午後からは待っていましたとばかりにカルフォルニアの太陽が出てきて、気温も上がってきたようでルイーズと散歩に出ました。
 住まいの下の方に雨降りの時だけ水がたまる池があります。下の方から漏れていくので夏場は枯れてしまうのですが、この長雨の後は、池はあふれていました。その情景を観るのも散歩の目的でした。同時にその池の脇で誰かが、近隣から出てきた枯れ木を燃やしていることが、立ち上る煙から分かりました。池のさらに下方に流れている小川が長雨の後であふれるほどであることを確認して、たき火のところに戻ってきました。
 昨年の3月20日付けで「陽気に誘われて近隣と立ち話を」という書いたのですが、その近隣のスティーブが山のようにたまってきた枯れ木を燃やしていました。冬の間は余り会うこともなく、彼のお母さんのことを心配していたのですが、話が始まった途端に焦燥しきった感じで、お母さんの死に面してのお父さんと家族の対応を事細かに語り出しました。すでに50歳代に達しているスティーズの話にはいつも父親のことが出てます。父親に認めてもらいたいという強い願望と、父親からの精神的に暴力的と言えるほど拒絶です。
 話し上手というか、ともかく身振り手振りで、お母さんの死の日の出来事、その場で父親から浴びせられた罵声、スティーブの一人息子の前での父親の態度、どの場面でも、彼がどれほど父親に認められたいのかが分かり、同時にどのようにしても父親から拒絶されてします状況を繰り返し語ってくれました。完膚なきまでに打ちのめされた姿を観ることになりました。神を信じていて、なお「死の影の谷」を歩んでいるのです。
 ルイーズが彼の話を真剣に受け止め、どのようにしても父親にコントロールされるだけだから距離を置くように繰り返し説得しました。心優しい彼にはそのようなことは考えられなかったようです。私も思いがけなく、「奥さんの話を聞くように」と勧めました。そうしたら彼の奥さんもルイーズと同じように、どのようなことをしても父親にコントロールされだけだから、関わらないようとけんか腰で言っていたと話してくれました。それは彼に一条の光を与えたようでした。
 昨年も彼の家の前で立ち話をしていたときに、近隣の人たちが入れ替わりに立ち寄って会話に加わってくれたのですが、今回も近隣の男性がたき火の煙を観て、飲み物持参で会話に加わってくれました。そういうときはキャンプとか猟の話になり、スティーブも猟が好きですので、嬉しそうに語っていました。そこにもう一人の男性が彼も飲み物持参で参加してきました。しばらく楽しい話が続きましたが、自然に会話のグループが二つに分かれて、私たちはスティーブと話の続きをしました。
 その中身はその前に話したことの確認になったのですが、ともかく距離を置いて、父親の巧みな操作に乗らないようにと、境界線を明確にすることで逆にこれ以上コントロールされない意思表示をするように励ましました。彼の奥さんも同じように思っていることを確認して、本人もようやく納得したようでした。続いて祈っていることを伝えて、すでに暗くなりかけているその場を後にしました。
 彼の話の中で父親も同じような環境で育ってきたようで、同じようなことが下の弟さんにも現れているようですが、スティーブはその繰り返しはしたくないとしっかりと自分に言い聞かせています。その通りに彼の一人息子とは兄弟のような麗しい関係を築いています。そんな側面を観てルイーズはいつも励ましています。
 珍しい「長雨の後に」思いがけないタイミングでしたが願っていた会話をいただきました。からだもかなり冷え切ったので、急いで家に駆け込みました。
 上沼昌雄記

「アテネでのパウロの議論が聞こえてくるよう」2018年3月19日(月)

 過ぎる週に千葉先生から、刊行された御著書『信の哲学ー使徒パウロはどこまで共約可能か』(上下巻、北大出版会)を送ってくださったと連絡が入りました。恐縮をし、光栄に思いました。そんなこともあって今まだいただいた原稿と論文を少し整理してみました。最初の原稿と最終原稿を北大の研究室でいただき、校正原稿の前半部を送っていただき、この1年半ほど格闘してきました。その前にいただいたいくつかの論文、ネットからプリントした論文もあります。そしてまもなく届く完成本を思いながら、パウロがあのアテネのアレオパグスで哲学者たちと論じたその議論が聞こえてくるような感覚をいただいています。
 「死者の復活のことを聞くと」(使徒17:32)とあるように、パウロは哲学者たちに合わせて福音を安売りするようなことはしていません。その福音がどのように啓示されているのかを当時の共通語で提示し、しかもその提示は誰の心魂にも分かる言語でなされ、特に当時の哲学者たちにはアリストテレスから学んだ仕方で分かるようになされていると分析しています。それは「ことば(ロゴス)と行い(エルゴン)」(ローマ15:18)によることで、このロゴス(理論)とエルゴン(実践)の相補性がアリストテレス哲学の基本として、両者の言語提示に共通性があると観ているからです。
 千葉先生はこのパウロの語りを意味論的分析という手法で解き明かしています。その手法を説明できないのですが(こちらの能力を超えていて)、結果的に提示されていることは、パウロが福音をどのように語ろうとしているのかが見えてくるのです。変な言い方なのですが、それだけです。言い方を変えると、千葉先生の神学が展開されているわけでないのです。パウロの極意みたいなものを千葉先生が獲得して、そこから今までにない神学を展開しているのではないのです。聖書解釈学のための「一つの基礎作業」だとあっさりと言います。
 それなりにローマ書の注解書、最近ではN.T.ライトのものも読んできましたが、どこかでパウロの中のある視点を見つけ出して、それを自分の中で展開しいている面があります。注解者の神学がそこに残るのです。そのような見方、読み方が出来るのかと驚くのですが、テキストでのパウロの語りはそんなに残らないのです。バルトのローマ書は、まさにバルトの神学と言えます。ルターのローマ書もその面はあるのではないでしょうか。内村鑑三のローマ書は、千葉先生が言及していますで興味深い点です。
 『信の哲学』には千葉神学は出てきません。テキストだけが残ります。微妙な言い方なのですが、テキストが神学の展開を拒んでいると言えます。テキストの語りの意味にこだわっていると言うのが適切なのかも知れません。中心的な3章22節の「イエス・キリストのピスティス」では、「イエスのピスティス」でも、「キリストのピスティス」でもないことにも意味を見いだしています。
 7章での「うちに住む罪の自覚」「内なる人の喜び」「心(ヌース)の律法の目覚め」「惨めな私の嘆き」、それは当時のストア派の哲学者たちがなんとか獲得しようとした「平常心(アパテイア)」に訴えるものでした。8章での「御霊のうめき」は、たとえ人生で苦しみがなくならなくても、逆にキリストの苦難に預かることで、それが人生であるとパウロが語っているのです。まさに基礎作業なのです。
 そのような作業を40年積み重ねてこられて出てきたのは、テキストにおけるパウロの語りです。著書が届いて、もう一度初めから読み直すのを楽しみにしています。想像するだけで、哲学者たちと論じ合っていたパウロの語りが響いてきます。
 パウロは哲学者たちの前で臆することも、妥協することもなく、神の啓示の提示のあり方を、彼らが使っていた言葉で語ったのです。その語りは、あのローマ帝国を変えることになり、宗教改革を起こし、今も新しい改革を起こしています。そのようなあり方の原点を『信の哲学』で確認することになります。それはまさに堅い食物をかむようなことですが、今までにない味わいをいただくことになります。
 上沼昌雄記

「見張り人の務め」2018年3月14日(水)

 昨晩妻と読んだ箇所がエゼキエル書33章でした。章を追って読むたびに、エゼキエルが神のことばをそのまま語っている姿勢に驚いてきました。イザヤのように黙示的な面や、エレミヤのように民ともに打ちひしがれる面もなく、淡々と神のことばを語るのです。そして最後に「そのとき、彼らはわたしが主なる神であることを知ることになる」と言います。
 その「彼ら」とは、イスラエルだけでなく、その周辺のすべての国々をも当たり前のように含めています。エルサレムを囲むエジプトも、ペリシテ、エドム、モアブ、アモン、そしてツロ、シドン、バビロンに対しても、イスラエルに対するのと同じように神の裁きは下るのです。エゼキエルはその神のことばを淡々と語っています。
 それでも33章に来て、エゼキエルが見張り人として立てられていて、神の警告をすべての人に伝える務めがあることを明確にしています。見張り人の警告を聞いていて、悪人がその悪の故に死ぬことになれば、その人の責任となる。悪人が警告を聞くことがなく死ねば、その責任を見張り人の上に置くというのである。言い方を変えると、悪があって、それをそのままにして神の警告を語ることをしなければ、その責任を負わせると言うのです。
 それではそれはエゼキエルだけでなく、すべてのクリスチャンに課せられていることになると妻に伝えました。そうしたら、確かにそれはビリー・グラハムが取った姿勢にもなると言いました。なるほどと思い、同時に残念ながら、息子のフランクリン・グラハムはその務めを果たしていないと確認することになりました。
 そんな会話をして、この33章では、それでもどのような状態でも神に立ち返り、正義を恵みの業をおこうなうなら必ず生きると約束されていることから、神はなんとか民が、どの民でも、立ち返ることを願っていることが分かります。そのために見張り人を立てているのです。そのためにこの世に、この地にクリスチャンを立てられていることになります。
 それはだからといって、政治的発言をすることでも、社会的活動をすることでもないのでしょう。神の義と恵みに反する悪に直接的に向かうことだからです。取りも直さず、神ご自身が悪に対面しているからです。そのための見張り人として立てられるのです。このことは同時に、クリスチャンと教会が小市民的に内に閉じこもっていますことを許さないのです。ナチス下の教会を繰り返すことは出来ないからです。
 それでは何をすべきなのかと考えるのですが、その前にどのように生きるのかが問われているのかも知れません。すなわち、見張り人としての務めを真剣に受け止めているのか、あるいは見張り人であることを自覚しているのかが問われてきます。それを思うと、神がこの私を通してでも、神の義と恵みが現される場面を身近に備えているように思います。
 そのことは、神がアブラハムを召し出し、祝福を約束したこと、さらに出エジプトの後にモーセを通して神が律法を与えたことに繋がります。それは神の民を通して祝福がすべての民の及ぶためです。それを妨げる悪に対する神の義の現れなのです。
 この時代に、この地に生かされて、神の祝福が子孫とすべての民に及ぶために、見張り人として務めをいただいていること、そのためにどのように生きるべきか、その手立てをエゼキエルの生き様に見ています。
 上沼昌雄記

「ビリー・グラハムの葬儀」2018年3月4日(日)

 昨日土曜日に息子の義樹からその前日のビリー・グラハムの葬儀の実況中継を観たというメールが入りました。高校生の時にクラスで誰が自分のヒーローかということで、ビリー・グラハムを挙げていたのを思い出しました。それで金曜日に仕事を調整して中継を観たのだと思います。それを受けて妻のルイーズが探して当てて、ネットで昨晩夕食を挟んで二回葬儀を観ることができました。印象に残ったことがあります。
 ひとつはビリー・グラハムの希望でエペソ書2章の4節から9節が読まれたことです。この箇所は、恵みにより、慈愛により、救われたこと、キリストと同じ姿に変えられること、そしてさらにそれは恵みにより、信仰によることと繰り返し、最後に行いによることでなく、それは誰も誇ることがないためと結ばれています。ビリー・グラハムの生涯と生き方を端的に語っています。この箇所を選ばれた思いが伝わってきました。実際に葬儀で自分の名前が出てくることさえ遠慮されたと言うのです。
 (この箇所は、「信仰による」がdia pisteosですので、その後に「イエス・キリスト」が付くとローマ書3章22節の「イエス・キリストのピスティス」にもつながり、さらに「誇ることがない」は3章27節の「私たちの誇りはピスティスの律法によって取り除かれた」とも結びついてきて、パウロの信仰の姿勢にもそのまま繋がります。)
 このビリー・グラハムの姿勢は講壇の前に置かれた簡素な棺にも表されていました。木造のどこにもありそうな棺です。ルイーズが調べて分かったのは、どこかの州の囚人が造ったもので、息子のフランクリン・グラハムが用意したものだと言います。その囚人の名前が彫り込まれていたとのことです。義父の葬儀の時にももう少し高価な棺を用意したように思います。その木造の棺が連邦議事堂の回廊に一日安置され来賓の訪問を受けたのです。
 そのフランクリン・グラハムがメッセージの中で、家にいる時のビリー・グラハムもクルセードで大きなスクリーンに映り出されているビリー・グラハムも同じ人物で、There are no two Billy Grahamsと言っていました。
 その通りのことが娘さんの一人が父親の思い出を語るときに出てきました。誰もが「ビリー・グラハム物語」を持っていて、自分も持っていると語り出しました。二回にわたるつらい離婚を経験をしました。そんなことをしたら世界的に有名なビリー・グラハムの名前を汚すことになると恐れたのですが、叱責されることも、隠そうとすることもなく、その度にWelcome homeと言って抱きかかえてくれたと言うのです。そして父を通して神の愛を知ることになったと締めくくりました。何とも印象的な場面でした。
 「天と地が重なり合い、かみ合っている」とイエスの到来によるこの地での神の国のことを、N.T.ライトが言い表しています。実際に天が降りてきて父を迎え、連れて行ったとその情景を、葬儀で家族の方が語っていました。天と地は薄い膜で隔てられているだけです。会衆の中にはカトリックの枢機卿も招かれて参列していました。ビリー・グラハムは語った言葉だけでなく、その歩みでも、天の祝福を伝えて、地に継いでくれました。
 
上沼昌雄記

「信じる力と信の哲学」2018年2月28日(水)

 この日曜日から思い立って村上春樹の『騎士団長殺し』を、三度目になりますが読み出しました。どうしてそのように思ったのかはうまく説明できないのですが、読み出してみて、想像以上に意味のある作品であり、作者もかなり気合いを入れて書いたのではないかと思わされました。上下巻を昨日火曜日の午後に読了しました。気になったので発行日を確認したら、ちょうど一年前の2月25日付けになっていました。この欄で一度「信じる力」と言うことで、昨年7月4日付で取り上げたことがあります。
 今回は、哲学的な用語であるイデアとメタファーがどのような意味合いで用いているのか知りたかったので、注意をしながら読みました。しかしこの『騎士団長殺し』出版後のある若手作家との対談で、そういう哲学的な意味合いのことを意識して書いたわけでないと述べているので、深入りする必要はないのだろうと分かりました。
 そして再度、この本のほとんど終わりに出てくる「信じる力」について考えさせられました。「なぜなら私には信じる力が備わっているからだ。どのような狭くて暗い場所に入れられても、そのような荒ぶる曠野に身を置かれても、どこかで私を導いてくれるものがいると、私には率直に信じることができるからだ。」(下巻540頁)そして次の頁の終わりで「きみはそれを信じた方がいい」の一言でこの物語が終わるのです。(少し前の528頁でも「でも少なくとも何かを信じることができる」の一言が出ています。)
 主人公の「私」は閉所恐怖症なので、「どのような狭く暗い場所に入れられても」とでてくるのです。その上で「どこかで私を導いてくれるもの」を「信じる」のです。その信じる相手がイデアとしての「騎士団長」なのです。物語ではその騎士団長が限られた人とだけ会話をしますす。というより助け導くのです。そしてタイトルは何と「騎士団長殺し」なのです。そこに回復と癒やしがもたらされます。
 「騎士団」といえば十字軍を思い出します。その「団長」となれば私たちとしてはそれなりの意味合いが出てきます。作者がどこまで意図したのかは分からないのですが、「どこかで私を導いてくれるもの」を知り信じることで、この物語では夫婦が回復していくのです。
 そんなことを思っていた夜更けに、千葉先生より「刊行されました」というメールが入りました。日本時間で2月28日水曜日の午後に出版された『信の哲学』上下巻が先生の手元に届いたのです。返信よりも直接にと思って先生の研究室にスカイプの電話回線で刊行祝いをお伝えしました。
 1400頁の大著はまさに一言で表現すれば「信の哲学」です。誰にでもその心魂の根底に「信」があることを認め、その「信」を哲学しているのです。それがローマ書の提示しているところだからです。神のピスティス(真実)、イエス・キリストのピスティス(信実)、御霊の実としてのピスティス(誠実)、そして私たちのピスティス(信仰)と成り立っているからです。
 信じることには信じる相手を知る認知的な側面と、信じることで成り立つ人格的な側面の両面があります。分節しているようですが、信じる人の中では相補的に働いて、信頼関係が深まり、信仰が深まります。それをパウロ自身が理解し体験しているのがローマ書となります。
 信仰者にとって信じることは特別なことです。信じる相手の神の信と義によっているからです。同時にその信はすべての人に与えられているので福音宣教が可能性になります。そうなので、人のあり方を真摯に捉えようとする作家の小説にも、信じることが人間関係を変える力として出てくるのでしょう。
 上沼昌雄記

「内村鑑三とローマ書と」2018年2月22日(木)

 内村鑑三は1920年1月から1921年10月まで60回のローマ書講義をしています。『ロマ書の研究』としてまとめられています。(バルトの『ローマ書』は、第一版が1919年に第二版が1922年に出ています。)この講義に先立つ1914年にローマ書に関して、内村鑑三は次のような発言をしています。「旧約は新約を依て解すべし、新約は羅馬書を依て解すべし、羅馬書は其の第三章二十一節より三十一節を似て解すべし、神の黙示に由り羅馬書第三章二十一節より三十一節までを解し得し者は全聖書を解し得るの貴き鍵を神より授けられし者なりと信ず。」(『聖書の研究』172)
 すなわち、ローマ書3章21節から31節を解く人は聖書全体を解く鍵を神からいただいていると言うのです。内村鑑三自身が解くことができたのかというと、どうもできないで最後まで格闘していたようです。自分の葬儀ではこの箇所を読むことを願ったようです。千葉先生がこの「鍵」のことを、原稿の「あとがき」で触れています。
 千葉先生のご両親は内村鑑三の弟子の塚本虎二から聖書の指導を受けています。宮城の古川で家業の木材業を営みながら子供たちを聖書の訓戒で育てました。今回出版間近の『信の哲学ー使徒パウロはどこまで共約可能か』の構想はそのご両親から「自然に与えられた宿題」と受け止めていると言います。その宿題が、まさにローマ書3章21-31節の鍵を解くことなのです。
 そのためと言えるのだと思いますが、千葉先生はアリストテレス研究から始めています。その上でローマ書の意味論的分析を通して、その「鍵」を解いていく作業を40年にわたってしてきました。「あとがき」で触れているのですが、内村鑑三の1914年の発言から一世紀経って千葉先生の鍵の解明が提出されたことになります。
 どのように提出されたのかは『信の哲学』の出版を待つ以外にないのですが、幸いに2013年に英文で”Uchimura Kanzo on Justification by Faith in His Study of Romans: A Semantic Analysis of Romans 3:19-31という記事が、”Living for Jesus and Japan” (Ed. Shibuya Hiroshi and Chiba Shin, Eerdmans: 2013)に載っています。日本語でないのが残念です。
 そこで内村鑑三自身のローマ書3章21-31節を紹介し、その上で千葉先生自身の3章19-31節の訳と解説を添えています。あえて19節から解説しているのは、19節と20節はそれまでの「神の前での罪人」のあり方をまとめているからです。そして21節から26節でその対比で「神の前の義人」を取り上げ、27節から31節をその神の前での罪人と義人のあり方に対する「ひとの前」でのあり方を語っていると分析しています。この分析はローマ書全体にも当てはまるもので、その意味で3章19-31節の訳と解説は千葉先生の全体の視点を見渡せる箇所です。
 そして内村鑑三が「鍵」と言い、おそらく内村鑑三自身も解けなかったのは22節の「イエス・キリストのピスティス」の意味合いでした。ルターはじめ伝統的に「イエス・キリスト信じる信仰」と取ってしまうと、この箇所でパウロがただ神の前での啓示と信仰義認と義人のあり方を語っているところに初めから人間の側の心的状態を当てはめてしまうことになり、神学的なアポリアに陥ってしまうのです。それで千葉先生は「イエス・キリストのピスティス」の「の」を、N.T.ライトのように主格の属格でもなく、ピスティス(信、信実)が初めからイエス・キリストに属している「帰属の属格」と捉えるのです。「鍵」の解明の第一段階と言えます。
 さらにこの「イエス・キリストのピスティス(信)」が、神の義の啓示の媒体になっていることから、神にとって「義」と「信」の分離はなく、23節から26節をその分離のないことの説明と捉えています。この神の信義に対する人間の対応として信仰と徳を捉えることで、パウロの心身論への展開の可能性を観ています。神における信義の分離のなさは、「鍵」の解明の第二段階と言えます。
 3章22節に関してのこの二つの解明は、ヒエロニムスのラテン語訳『ヴルガーダ』以来覆い隠されていた「鍵」を解くことになると千葉先生は観ています。それは当然2千年の西洋キリスト教へのチャレンジとなりますが、日本では内村鑑三が格闘したローマ書への一世紀経ってのチャレンジともなります。ここに至って、目が離せないテーマをいただいていることになります。
 上沼昌雄記