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ミニニュース:末松牧師とローザンヌ伝道会議

今週届いたクリスチャニティー・ツディの中程に、この10月
に南アフリカのケープ・タウンで開かれた第3回ローザンヌ伝
道会議のニュースが載っています。その1ページ目の全面にあたる
位置に、大きな会場でテーブルごとに別れて話し合っているのです
が、その一つのテーブルで楽しそうに討論している友人の末松隆太
郎牧師が写っています。その前に載っている記事を興味を持って読
み終わって、数頁めくったら顔見知りの方の写真が飛び込んできま
した。雑誌が別の世界に入ったのかと一瞬思いました。よく見たら
紛れもなく末松牧師です。会議に行かれる10日前に岐阜の山
の麓で奥様も入れて一晩語り合っていましたので、時間が戻った感
じをいただきました。それは鈴木健之牧師ご夫妻の黙想の家での静
かな語り合いの時でした。

末松牧師が他の代表者の方と何ともうれしそうに語り合っていま
す。ノートを持って語っているのです。伝道会議から決められた
テーマが出ていたのでしょうか。それともそんな規則を飛び越えて
伝道、牧会のことを分かち合っているのでしょうか。実はこの時期
に同じように参加されていた米内宏明牧師の教会で説教をしまし
た。その折りに毎日のように米内牧師より会議の話し合いの内容を
要約したメールをいただいていました。随分内容の濃いものを話し
合っていると思いました。ですのでそのテーブルの会話の内容も大
切なことを語っているのでしょう。

末松牧師は一度お会いすると、普通の牧師とは違った印象を受けま
す。牧師としての繕いよりも、その人そのものが動いているという
感じするのです。何も分かっていないように振る舞うのですが、実
際には物事をじっと見つめています。自分の周りに起こるものを静
かに受け止めています。どうにもならない不条理さを一心に身に
負っています。何かぼろぼろの怪物がそこにいるような感じもする
のです。この牧師の前で繕う必要を感じさせません。こちらもその
ままで出る以外にないのです。不思議にこちらまで外の鎧が崩れて
ぼろぼろにされます。

一晩の語り合いの場に招いてくださった鈴木牧師を通してでなけれ
ば、末松牧師とは親しくなることはなかったでしょう。それこそ鈴
木牧師の大きく開かれた手が結びつけてくれました。不思議なこと
に末松牧師の神学校の卒業論文が「闇」に関してでした。言葉の手
前でうごめいているどうにもならない闇にすでに若いときに気づい
ておられたのです。今でもお一人でその闇を神の光をたよりに旅を
しているようです。私も自分の旅をしています。お互いに結構違っ
た方向で井戸を掘っているのです。しかしどこかで、近いうちに、
深い水脈が通じて、どのような旅をしてきたのかお互いに納得する
ような気がしています。

アメリカの教会の代表的な雑誌に友人の牧師の顔を見つけて、自分
もそれに参加しているような感覚をいただいています。末松牧師の
グローバルな活躍を信じています。前任者のフレンド宣教師をとて
も大切にされてこられました。

上沼昌雄記 2010/12/04

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