カテゴリー別アーカイブ: 神学フォーラム

「聖書学者と歴史観」2012年8月6日(月)

前回、ホロコーストの600万の犠牲者に捧げられたレヴィナスの本を紹介した。「語りえないもの」を語ろうとするレヴィナスの哲学が、戦後70年近くなって、ホロコーストは啓蒙思想の終焉であると言われてきたことを裏付けてきた。すなわち、理性によって築きあがれたシステムの崩壊である。理性を信じて歩んできた西洋の世界の行き詰まりである。その西洋を支えてきたキリスト教の崩壊である。

ヨーロッパのキリスト者が直面している現実である。アメリカのキリスト者はいまだ啓蒙思想の中にあると言える。その影響を受けている日本の福音主義もかたちとして啓蒙思想の中にある。イギリスの新約学者であるN.T.ライトは、あたかも、その崩壊したキリスト教の中から、逆に一世紀のユダヤ教を背景に新約聖書を読み直そうとしている。イスラエルを新約聖書理解に欠かせないものとして、ほとんどの著書で一章を割いている。少し長いのであるが、Simply Christianの6章「イスラエル」から、ホロコーストに言及している部分を引用する。

「クリスチャンが、古代イスラエルでも、イエスの時代のイスラエルでも、現代のイスラエルでも、ともかくイスラエルについて何かを語ろうとすると恐ろしいほど困難を感じる。数週間前に私はヤド・ヴァシェム(“記念と名前”という意味)を訪ねた。エルサレムにあるホロコースト記念館である。そこに刻まれている一人のユダ人の証を、初めてではないが、読んだ。数十人のユダヤ人と共に密封の牛輸送貨車に詰め込まれ、まさに生き地獄で、死に追い込まれた。続いて私は、堅い石で囲まれたプレートの周りを巡った。そこには何千というユダヤ人が集められ、殺戮のために連れ去られたヨーロッパの都市の名前が記されている。ユダヤ人について何かを言おうと思えば、悲しみで心がうずき、首を横に振りたくなり、深い恥を感じる。ヨーロッパの文化のなかから(ある人はいまだ“クリスチャン”文化と思っているが)そのようなことが考えられ、なされたのだ。しかし、だからといって何も言うことがないということではない。ユダヤ人の物語の中でこそイエスがなしたことに意味があるのであるが、そのユダヤ人の物語について何も言わないということは、ヒットラーが現実化する前から長い間潜在していた反ユダヤ主義を黙認することになる。どんなに戸惑いがあっても、語らなければならない。」(SPCK 英国2011年版 62,63頁 私訳)

このN.T. Wrightが、一世紀のユダヤ教を背景に新約聖書を読み直そうとしている思想的な経緯は熟知していないのであるが、あたかもホロコーストで崩壊したキリスト教の廃墟から元来の新約聖書の背景に迫ることで、建て直しをしているかのようである。当然そこに啓蒙思想を背景にした伝統的な神学からの反発がある。それでもN.T. Wrightの主張が確実に受け入れられてきている。一つには、伝統的な神学の行き詰まりを感じてきているからである。

そんな流れを生み出しているのは、このN.T. Wrightという聖書学者の歴史観によっていると言える。多くの聖書学者はどちらかというと言語学者であって、啓蒙思想の枠をそのまま継承している。歴史観がまったく乏しい。それゆえに釈義がどれだけ厳密であっても、その枠からは出られない。その枠は、聖書理解を聖書の世界から西洋の論理の世界にはめ込んでいるだけでなく、すでに機能しないと、N.T. Wrightは見ている。そのシステムはすでに限界に来ているのである。

ホロコーストの生き残りであるレヴィナスが、タルムードの学者であり、哲学者としてその西洋の崩壊の中から、「他者」を視点に倫理を築こうとしたように、ヨーロッパの新約学者であるN.T. Wrightが、そのホロコーストを暗黙のうちの容認したキリスト教の崩壊の中から、一世紀のユダヤ教を元に聖書を読み直そうとしているのは、歴史的な必然と言えそうである。

上沼昌雄記

「エレミヤ書の学びを課せられて」2010年4月19日(月)

 当然のことなのであるが、ユダヤ民族はいまでも旧約聖書に書か
れていることを自分たちの先祖たちに起こったこと、自分たちの歴
史そのものとして受け止めている。直裁的な連続性である。しか
し、その当然であることは私たちにとっては当然でない。過去のど
こかの誰かに起こった事実としては認めている。聖書の歴史性であ
る。それでも自分たちの先祖の歴史とはならない。結びつけるため
に信仰的、霊的な理解が求められる。この信仰的な理解にはすでに
読む側の枠が働いている。

 最近翻訳されたレヴィナスのラジオでの対話集『倫理と無限―
フィッリプ・モネとの対話』(ちくま学芸文庫)の初めで、このユ
ダヤ教徒の視点を端的に述べている。聖書のなかの出来事が、「世
界中に離散したユダヤ人の運命に現在、直接関係しているという痛
みの意識」(25頁)につながっている。現在の痛みの意識は
すでに聖書でも先祖たちが感じていたものである。痛みの意識の連
続である。そんな意識は、逆さになっても持つことはできない。

 ともかくユダヤ教徒の思想家のものを読むようになって、逆にこ
の違いに関心を持つようになった。民族が違い、歴史が違うものた
ちが旧約聖書を読むときに、自分たちの必要や、歴史的背景や民族
的背景から来る視点が働くことになる。その意味での聖書のとらえ
方は当然許されている。しかし、その視点で捉えたとらえ方だけが
聖書的だと主張してくると、そのユダヤ教徒の視点も排除してしま
う。それだけでなく暴力的な力を持って、その視点に同意しないも
のを排除してくる。

 最近ヨナ書に関しての書物を読んだ。ヨナ書を先祖に持つユダヤ
人の理解に興味を持っているからである。ヨナ書に関するこの書物
は信仰的なものとして私たちの間で用いられている。私たちの信仰
を促す視点で書かれている。その理解は許されている。そのために
ヨナの不信仰を取り上げている。しかもヨナの不信仰をただすため
にヨナ書が書かれたという。そのためだけに書かれたという言い方
である。そのように理解することが聖書的であり、福音的であると
までいう。つまり、その以外の理解は聖書的でないというのである。

 いまエレミヤ書の学びを課せられていて、この著者の主張が気に
なる。果たしてそのためだけにヨナ書が書かれたのだろうか。その
ためにあえて異邦の地ニネベへの宣教を命じたのであろうか。魚の
腹の中に三日間留められたことは何のためであったのだろうか。し
かもこの著者は、イエスがヨナを何度も取り上げていることに関し
て本文では何も言っていない。それで良いのだろうか。この著者の
主張は、レヴィナスやデリダがいう西洋の哲学と神学が持っている
暴力ではないだろうか。自分たちの解釈だけが聖書的だということ
で他を排除する暴力ではないか。

 こんなことを思いながら、ともかくエレミヤ書を当時の人がどの
ような思いで読み、聞いたのだろうかという視点で一緒に読んでみ
たいと思っている。当然ユダヤ人のようには自分たちの歴史の一部
のようには読めない。それでもそのような読むことになったらどの
ような読み方になるのか、想像しながら読んでみたい。教会に『新
聖書注解』がある。時々参考にしている。それでもそのエレミヤ書
の1章の終わりに関しては、エレミヤが一生をかけて信仰の従
順さを学んでいくためのようなことが書かれている。ともかくこの
ような枠を外して読んでみたい。どこまで読めるのであろうか。と
んでもない課題をいただいたものである。

上沼昌雄記

「哲学者と戦争」2007年1月24日(水)

神学モノローグ

   「聡明さとは、精神が真なるものに対して開かれていることである。そうであるなら、聡明さは、戦争の可能性が永続することを見てとるところにあるのではないか。」エマニュエル・レヴィナスが1961年に出した『全体性と超越』の序文の文章である。60年代の初めはヨーロッパも日本も戦後の復興を迎えたときであった。戦争のことはもう後に置いて前進をするときであった。そんなときに出されたレヴィナスの代表作の書き出しである。ナチスの捕虜として不思議にホロコーストを生き延びたユダヤ人哲学者の眼差しである。

「戦争においては、、、現実がその裸形の冷酷さにおいて迫ってくることになる。」「戦争は、純粋な存在をめぐる純粋な経験というかたちで生起する。」捕虜収容所で、ホロコーストのあとに、レヴィナスは人間存在の裸形を見た。哲学の確かさも、神学の高貴さも、芸術の美しさも奪い取られ、引き裂かれてしまったあとの人間の裸形である。すべてが剥ぎ取られているという意味で「純粋な存在」である。哲学的な叡智も、神学的な観想も、芸術的な直感も戦争の暴力に飲み込まれてしまい、裸形がさらけだされた「純粋な経験」である。

戦争において示されてくるものは「全体性という概念である。」「西欧哲学はこの全体性の概念によって支配されている。」中世のトマスの神学であり、近世のヘーゲルの弁証法哲学である。そんな全体性がより強烈に出現することで西欧の精神は一気にそちらに流されてしまった。ナチスの全体性に善良な市民も、忠実な教会員も吸い込まれてしまった。大量虐殺の張本人とされたアイヒマンはよき家庭人であった。そのように西欧の哲学が長い間教え込み、洗脳してきた。

タルムード研究家として、哲学者としてのレヴィナスの視点はこの裸形から始まる。着飾った美しさではない。裸形の脆弱さ、醜さ、暗さである。存在の涙を受け止めることであり、存在の恐怖を聞き取ることである。存在の手前で疼いている傷を知ることである。哲学と神学で着飾ってしまう手前の裸形である。純粋な存在の純粋な経験である。存在の「夜」である。

「日本人の根底にあるドロドロとしたものを言葉で表現できたらば、私の日本プロテスタント史は終わる」と言われた大村晴雄先生のまさに日本プロテスタント史の授業の真剣さ、すごみを思い起こす。なぜ日本の教会が朝鮮半島の侵略に荷担するようなことをしてしまうのかを思想的に辿るものであった。歴史を語りながら「なぜ」に迫りきれないもどかしさが響いてくる。ご自身に対する叱責でもある。

長男が海軍兵学校に行くことになったことで、大村先生とは戦争の話しもよくする。日本軍部の責任の曖昧さ、私腹を肥やす上官、日本人の根底にあるドロドロしたものに対する直接的な経験を語ってくださった。お伺いするたびに息子がどのようにしているか聞いてこられる。イラク侵攻から無事に帰ってきたことも自分のことのように喜んでくださった。アメリカの軍隊のことを関心を持って聞いてこられる。彼がどのようなことを経験し、どのような視点を持っているのかに関心を持たれている。

レヴィナスの哲学は「存在の夜」への探求に誘ってくれる。レヴィナスの存在の夜であり、ヨーロッパの存在の夜である。しかし夜をしっかり捉えているだけ光を見る。アウシュビッツで亡くなったユダヤ人哲学者で修道女であったエディット・シュタインが省みられている。ユダヤ人として国籍を失ったためにアメリカに逃れたハンナ・アーレントの思想が脚光を帯びている。存在の夜を避けている日本は光が届いてこない。裸形が顔を出していながらなお覆われている。ドロドロした闇に包まれている。

 

上沼昌雄記

神学モノローグ 「時代と神学」2006年4月4日(火)

  前回のモノローグ「時代・中島みゆき」で、彼女が70年半ばに デビューして、80年代、90年代、2000年代とそれぞ れの世代でチャート1位になりながら活躍していることと、その間、福音主義神学を志す者としてそれぞれの世代にどのように関わってきたのか書いた。60年代は自由主義神学との闘いであった、70年代は、76年にアメリカでカーター大統領が誕生したときに雑誌 『タイム』が「福音主義者の時代」と言ったように、漸進の時であった。80年代は、聖書の無誤性の課題に直面したときであった。90年代は霊性神学の必要を確認したときであった。2000年代はすでに主流になった福音主義のこれからの方向を定めていく模索の時とも言える。

 このことを書いて、昨年11月28日のモノローグ「モダンとポスト・モダンと福音主義」で、「福音主義神学は時代の産物である。聖書は神の作品である」と書いたのを思いだした。アメリカの福音的な神学校が、ポスト・モダンの挑戦を真摯に受け止めてシフトを変え てきているという、クリスチャニティー・ツディの記事を紹介しながら書いたものである。

 福音主義神学に身を置き、直接に関わってきたのは60年代からであった。しかし歴史を振り返り、福音主義神学の起源を遡っていくと、福音主義神学の枠がやはり時代のなかで築き上げられていることが分かる。時代を超えた神学がはたしてあるのだろうかと思わされる。神学はどのように考えても人間のものである聖書は神のものである。神のことばである聖書に直面しながらそれぞれの時代で人々が格闘してきたものが神学である。

 ルターに始まる宗教改革者の信仰義認と十字架の神学は福音の本質を明らかにした。福音をよみがえらせた。同時に後のプロテスタント神学の枠を決定してきた。義認論を中心に築かれた救済論と、十字架を中心にみるキリスト論は、初代教会のように和解論を中心にみる救済論と、受肉から十字架、復活、昇天までを取り入れる包括的なキリスト論とは、神学全体の構成が異なってくる。世界観が違っている。生き方が違う。どちらも聖書を元にしている。どちらも聖書を100%取り入れているわけでない。

 プロテスタント神学は後に啓蒙思想を通過しなければならなかった。自由主義神学はその思想を受け入れた。福音主義神学は自由主義神学に対抗するために同じ理性で武装しなければならなかった。理性中心の福音主義神学は避けることができなかった。20世紀の終わりに霊性神学の見直しが出てきた。雅歌は初代教会で大切なものとして取り上げられていた。福音主義神学ではほとんど取り上げられてこなかった。

 神学は相対的である。聖書は絶対的である。聖書を100%取り入れている神学はない。神学はあるテーマを前提にしてその上で論理的な整合性を求めていく。その時に聖書のあることが落とされてしまい、見逃されてしまう。それでいて神学は排他的である。神学校も排他的である。自分たちの前提とその上に組み立てた聖書理解と神学を最善と思い、それを認めないものを切り捨てていく。批判していく。聖書は包括的である。

 今の神学の課題は、自分の拠り立っている神学が聖書の何を見落とし、何を見逃しているかを歴史を振り返ってみていくことである。教派の神学を認めつつ、その限界を謙虚に認めていくことである。アメリカでの福音派の進展は教派の神学によっているのでない。福音派の神学校が21世紀になって神学の歴史を振り返りながら模索をしている。どのように進んでいくのか楽しみである。神学はそれぞれの時代で生きている。何かを生み出そうとして息づいている。神学は楽しいものである。

上沼昌雄記

「キーワード:中島みゆき」2006年3月20日(月)

神学モノローグ

 

 シンガポールで礼拝後教会の方々と食事をしていたときに、どういう 事でその話になったのかは覚えていないが、隣にいた同世代のご夫妻と 中島みゆきのことになった。私のiTunesには「地上の星」が入っ ていますと言ったら、その方々の車には最近ロサンゼルスで録音された「歌姫」があるというので、帰りに宿まで送ってくださる車のなかで聞 かせてくれた。その次第をウイークリー瞑想「シンガポール物語」に書 いた。

 ポートランドの日本人教会の聖書塾で奉仕で出かけ、40代のひとり の兄弟の家に泊めていただいた。その夜は兄弟の信仰のこと、家族のこ とをお伺いした。次の日の朝に教会に向かう車のなかで、兄弟が私にど のような音楽を聴きますかと尋ねてきた。それで私のコンピュータには 中島みゆきの「地上の星」が入っていますと返答した。それで大変気に 入られた。

 ポートランドでの奉仕を終えて帰ってきたら、30代の終わりの友人 の牧師から、中島みゆきについて私が書いた記事に刺激されて、ご自分 が高校生の時にどうして共感を覚えたのかを振り返って書いたメールが 届いていた。私はシンガポールでの不思議な会話として紹介したたけで あるが、この牧師の心のどこかに届いたようである。

 どうして今また中島みゆきが出てきたのか不思議である。私はここで 紹介した方々ほど彼女の歌を聞いているわけでない。ただ神学校で学ん でいたときから気になる存在であった。最初は自分が学生生活を送った 札幌出身ということがあった。北国の雰囲気がそうさせているのかとも 思った。それ以来なぜ彼女の歌が多くの人の心に届いているのかと関心 を持ってきた。彼女の公式サイトでは、「日本のおいて、70年代、8 0年代、90年代、2000年代と4つの世代(decade)で、 チャート1位に輝いたアーティストは、中島みゆき、ただひとりであ る」とあった。

 メールをくれた牧師の説明で納得できるものがあった。「好きで聴い ていたのですが、高校の時の私には、何が良いのか自分でも分りません でした。改めて、今、考えると『捨てられた者として生きていく』ある いは、『捨てられた者として生きている』、または、『捨てられたと感 じるものとして生きている(生きていく)』、『生きていこうとしてい る』その心にあるのではないかと思いました。」「私は、失恋して聞い ていたのではなく、親に捨てられた感覚の中で、共感を覚えていたのだ と、今、気づかされました。彼女の歌詞を思い巡らすと、捨てられたと いう感覚を受け止め、それでいて、今を生きていこうとしているので す。私はそう感じます。」

 確かに彼女の歌には生きることの難しさ、悲哀、空しさ、絶望感があ る。しかしそれで終わっていない。人生の悲哀を負いながらも生きてい こうとするひたむきさ、したたかさがある。この牧師は彼女の「ファイ ト」という曲で語っている。「『ファイト。闘う君の唄を、闘わない奴 等が笑うだろう。ファイト。冷たい水の中を、ふるえながらのぼってゆ け。』という歌詞です。、、、世の中は、冷たい水のようでした。しか し、その冷たい水の中で、生きていけと彼女は励ますのです。冷たさを 感じつつ、震えてでも、進んでいけるのだと励ますのです。」

 この牧師はご自分のコレクションを全部処分したと言う。それで図書 館でCDを借りてきて聞き直していると言う。そして再度メールを くださった。学生時代にもうひとり、尾崎豊のいう歌手に共感して聴い ていたと言う。彼との比較をしている。「彼は、生きることに悩みなが ら、‘そこ’に‘いず’、逃げ、反抗し、盗み、破壊します。私の好き だった彼と、みゆきさんの歌の対比から、みゆきさんには、‘そ こ’に‘いる’ことを感じます。悲しみを感じ、悩みを感じ、嘆き、逃 げたいと思い、変わりたいと思い、違う結果を求める思いもありなが ら、‘そこ’に‘いる’のです。ふと、『わたしはある。』を思い出し ました。単なる永遠の存在という意味の‘ある’だけではなく、そうい う意味の‘そこ’に‘いる’か?とも思いました。」

 生きることは容易なことではない。それでも生きていかなければなら ない。時には逃げ出したくなる。それでも向かっていかなければならな い。暗い闇に覆われる。それでも光りを信じて進むことができる。落胆 することがある。それでも希望を持つことができる。空しさに覆われる こともある。それでも信じることができる。

 中島みゆきは時代を読むキーワードである。何に惹かれ、何を求めて いるのかを知る手がかりである。シンガポールの兄弟は、今朝も仕事に 向かう車のなかで「歌姫」を聴いていましたとメールをくださった。ポートランドの兄弟は「帰り間際の中島みゆきの話は忘れられないこと になりました」と言う。この牧師は中島みゆきとの対話を通して言う。 「彼女の歌は、暗いので、クリスチャンになってから、私の中から抹殺 してきたようにも思います。私の心の空白時代に彼女の歌を聴いていた のですが、それを抹殺することで、新たな心の空白域をつくっていたよ うに思います。」  上沼昌雄記

「神学の認識論」

神学フォーラム
2004年7月26日(月)
 今回の日本訪問は、15年ぶりに里帰りできた次女の泉の日本見物の案内が主目的であった。泉は歴史を専攻していたこともあってか、日本の古い建物を時間をかけてゆっくりと観ていた。特定の何かに関心があってのことではなくて、その中にいるのが居心地がよさそうな感じであった。何百年という時間を隔たりを異物としてでなく、自分のからだの一部のように受け止めていた。泉の中には自分の外のもの、空間的でも時間的でも自分の外部のものと溶け込んでしまうようなところがある。元もと自分のものであったような感じで違和感なしに受け止めていく。違いを異質なものとして身構えていくことがない。親の子とは思えない。
 最後の数日は宣教師の義弟の子どもたち、すなわち従姉妹たちと一緒に過ごしたので私は解放された。それで94歳になられる大村晴雄先生をお訪ねした。暑さでしばし体調を崩されていたと言う。よく来てくれたというのか、先生の方も話したいことがあるというのか、いままでの話の延長があるというのか、ともかく老人を表敬しているという意味合いではない。私のなかでも不思議にようやく大村先生と神学と哲学の違いを前提にお話ができるようになった感じている。現実には耳が少し遠くなられたので、私が短く意見を述べてそれに先生がご自分の思索を語るというやり取りである。意見や所感ではなくて思索である。キリスト者として哲学をされてきた思索である。いのちがかかっている思索である。
 いままでの会話で明確にされた視点がある。哲学的にはプロテスタントは認識論であり、カトリックは存在論である。プロテスタントの精神は、知ることの主体、すなわち、認識の主体を神の光で批判的に再考していくことである。その意味では近世哲学はプロテスタント精神の遺産である。プロテスタントの哲学者である大村先生の立脚点である。知れ得ないことの限界を悟り、知り得ることの恵み生きることである。「キリスト以外は知るまい」と言い得る姿勢である。存在の類比と存在の推論でキリスト以外をも取り入れていくカトリックと決別している。
 大学で哲学を専攻し、その後神学に曲がりなりに関わっていて大村先生の視点にようやく納得できる。その分、自分が関わってきた神学に認識論があるだろうか疑問を持った。その疑問をお伝えした。返事は、「神学者で認識論をやっている人がいたら教えて」と言うものであった。唸らされた。プロテスタントの、しかも福音主義といわれる神学書でも、神学を取り扱っている自分の理性を批判的に再考しているものはない。聖書の文字の推論で神学を構築している。構築している理性の再考はない。聖書がそこまで語っていないことを論理で結論づけている。その結果それぞれの教派の神学が出来上がっている。それぞれの教派の前提が違う神学の強調点の違いがでてきている。その上で聖書を解釈して、異なった理解を排除している。全部を包み込んで大がかりにしているのがカトリックである。
 
 福音主義神学が神の前に提示し、それを持って聖書を取り扱う理性は自己の限界を批判的に観ている理性ではなくて、理性の自律を目指してきた啓蒙主義を通しての理性である。聖書がそこまでいっていないことも推論で推し量って結論を出せる理性である。聖書を体系づけることのできる理性である。大村先生は神学者の理性の暴走を哲学者として観ている。神の光のもとで理性の限界を見極めていく近世が日本で確立されていない。それで日本にはポスト・モダンはないという。モダンがないのでポスト・モダンもない。モダンはプロテスタント精神の遺産としての近世である。その意味でポスト・モダンはない。しかし現実はプロテスタント精神の遺産を忘れたモダンになっている。その意味でのポスト・モダンが課題である。
 「神学者で認識論をやっている人がいたら教えて」と言われた後に続けて言われた。それをやるのにはかなりの哲学的素養が必要であると。聖書を取り扱う自分の理性の批判である。神学や説教で知的能力があり、論理的に組み立てられる人が有能という神学教育のなかでは理性批判はでてこない。同時に福音主義神学でもそのような神学教育の限界を感じてきている。聖書の限界ではなくて、福音主義神学の限界である。この限界に気づくと、聖書が語っていることとそれを取り扱う理性の境界線が見えてくる。神学における認識論の再考になる。
 霊的識別力としての直感について大村先生と2,3回話してきた。すなわち、神のことで理性でも感情でもないところで納得できるときがある。聖霊によることであるが、私たちの能力としては直感が一番近いように思う。聖霊によって気づかされて、自分のうちで気づいて納得することである。聖霊によるのか単なる直感によることなのかは分からない。時間だけが明らかにしてくれる。大村先生の反応は、西田幾多郎のなかに「自覚における直感と反省」とか「行為的直感」というのがあるということだけである。それでこの数ヶ月西田幾多郎のものを漁ってみた。ベルグソンに「哲学的直感」というのがあってそこからヒントを得ている。哲学の認識論としても直感のことが困難なテーマであることが分かる。
 西田幾多郎やベルグソンを自己流に解釈して霊的識別力としての直感について次のように考えている。すなわち、聖書を通してご自分を啓示されている神には霊的祝福が溢れている。多くの場合にこちらで条件付けをして、これこれをしたらば祝福をいただけると思ってしまう。しかし神の愛は無条件である。その意味での神の恵みの所与性のなかに置かれいる。どのようにして気づくことができるのか。そこには外的な要素は必要ない。学歴も信仰歴も、年齢も性別も、牧師も信徒も、外なる人としてのことはいっさい関わらない。「内なる人」としてのことである。ある人はその恵みに気づき、ある人は気づかない。プログラムとしてこうしたら気づきますと言うものがない。全く個人的に気づく以外にない。まさにその人の直感である。気づいて開かれた世界は神のものなので共有できる。
 おそらく自分で気づかされたことを遡っていくことで、ダビデやパウロが恵みに気づいていったこととの共有体験ができる。多くの場合に困難や試練や罪を犯すことによって自分の置かれている姿に気づかされることで開かれてくる。自分の「内なる人」を見せられることでなお恵みの中に置かれていることを実感できる。困難や試練や罪のことは不思議にキリストの十字架との共有感覚をもたらす。成功談は自分だけの世界に入ってしまうが、失敗談は共有感覚をもたらす。負の世界は自分を見せてくれる。自分の殻を破って恵みの世界と結びつけてくれる。キリストの受難は恵みの世界を開かせてくれる。
 ダビデやパウロが恵みに生かされていることに気づいていった道を辿ってみると、神学の認識論が開かれてくる。もちろん学としての認識論を語っているわけでない。気づかされた自分の物語を語っている。直感のことは個人的な世界である。しかしどんなに個人的であっても気づかされた世界は神の世界である。その意味で直感は個人的であるが、普遍的でもある。それゆえに、自分で気づかされた世界とダビデやパウロの気づかされた世界が結びついてくる。物語神学の可能性である。物語でありながら普遍性を備えている。聖書が物語の積み重ねで書かれていながら、その中に自分の物語との接点を見いだせる故である。
 自分の物語と神の物語が見事に結びついてる神学がアウグスティヌスの『告白』ではないでしょうかと大村先生に申し上げた。背筋をまっすぐに伸ばしてただごとでないという感じで「それはどういうこと」と聞いてこられた。前半で自分のことを語っていながら、後半で神のことを語ることができるのは、後半の初め、すなわち10巻でアウグスティヌスが記憶のことを取り上げているからではないでしょうかと返事をした。7月7日付のウイークリー瞑想「思い起こす、想起」で書いたことである。それこそ神学における認識論であると言わんばかりに大村先生が関心を持って下さった。アウグスティヌスの記憶論は11巻の時間論より大切で、カントの認識論に結びつくと言われた。
 アウグスティヌスがこの11巻の18章でルカ15章の一枚の銀貨をなくした女性の話を取り上げている。ロストコインである。失ったものを記憶しているので気づく。人生で大切なものを失い、損なってきた。それはないのではなく、記憶のうちにある。その失ったもので最も大切なものが神である。神を失っている記憶である。自分のなかのロストコインを見いだす作業は神に至る。自分を知ることが神を知ることになる。自分の物語と神の物語である。
 神学の存在論、すなわち、三位一体の神の啓示のあり方は2千年の教会の歩みのなかで提示されてきた。その神の恵みと祝福を知り、生かされている神学の認識論を再考するときが来ている。神学と霊性の調和である。命題的真理と物語的真理の融和である。
 暑かった東京の午後のひととき、94歳の老師の熱い心をひしひしと感じた。神学の営みもまだ途上に過ぎない。

上沼昌雄記