「映画『SHOAH』を観て、、、」2013年4月1 日(月)

 先週は、受難週に合わせて、ホロコストの記録映画 
『SHOAH』を妻と観た。1976年から81年まで世界 
中を駆けめぐって収録した、ホロコストの生還者と関係者の9 
時間半に及ぶ証言集である。1985年に上映されて世界中に衝 
撃を与えた。日本語の字幕つきで1995年に日本に紹介され 
た。その日本語の字幕のDVDは中古で高価なものになってい 
る。幸い英語の字幕のDVDを手に入れることができた。証言集 
が本にもなっていて、2年ほど前に西荻窪の古本屋で手に入れ 
て読んだ。2011年2月28日付のウイークリー瞑想 
「SHOAH ショアー」で書いた。

 語られていることは本と同じであるが、強制収容所の跡地に佇んで、35 
年前に経験したことを語り出す場面は、それだけで緊張させられ 
る。ポーランドの北にあったヘウムノ収容所で初めてガスによる大 
量虐殺がなされ、そこで40万のユダヤ人がいのちを失った。 
その同じ仲間をガス室に送るためにユダヤ人労働者が使われた。そ 
の役割が終わればその労働者たちも殺されていった。ホロコストの 
記録と記憶をこの地から抹殺することがナチスの目的であった。

 13歳であったユダヤ人労働者が、そのように役割が終わっ 
て頭に銃を受けたが、かすかにそれて一命を取り留めて助かった。 
制作者クロード・ランズマンはその人をイスラエルで探し出し、そ 
のヘウムノ収容所の跡地に連れてきた。9時間半に及ぶ証言集 
の始まりである。静かな田舎の風景である。何事もなかったように 
静寂そのものである。そのままであれば、まさにナチスが意図した 
とおりに、ホロコストは記憶にも残らなかった。しかし今、その虐 
殺された40万の二人の生き残りのひとりが、その場に立って 
いる。そして信じられないかのように35年前のその場で起 
こったことを、ぼそぼそと語り出す。

 語っても誰も信じてくれない。その苦悩にさいなまされて詩人パ 
ウル・シェランは自ら命を絶った。語っても誰にも信じてもらえな 
い。それだけでなく、そもそも語ることができるのか。記憶の底に 
ひそかに沈潜しているものを引き出すことができるのか。それが出 
てきたときに信じてもらえるのか。それこそクロード・ランズマン 
の挑戦であった。記憶の底でそのまま消えて行ってしまったら、そ 
れはまさにナチスの願うことであった。ホロコストの記録の抹消だ 
けでなく、記憶そのものの抹消であった。今その記憶の抹消に立ち 
向かっている。ただクロード・ランズマンの信念と粘り強さである。

 それは「最終的解決」と呼ばれていた。ユダヤ人への差別と迫害 
は、初代教会から歴史上繰り返されてきた。強制移住されられて、 
世界中に離散の民となった。残念であるが教会が加担してきた。逃 
げ出せないユダヤ人はかたちだけカトリックに改宗した。その人た 
ちを異端審問に掛け、火炙りにもしてきた。ナチスの「最終的解 
決」は、しかし、この地からユダヤ人を絶滅して、あたかも彼らが 
いなかったかのようにすることであった。その記憶さえ抹消するこ 
とであった。それは組織的で、徹底的なものであった。

 強制労働に連れて行くと言って、貨車に詰め込み、水も食べ物も 
与えないでポーランドの南のアウシュヴィッツに連れてくる。労働 
の前に衛生のためにと偽って全員裸にして、ガス室に送り込む。そ 
の繰り返しでありながら、ナチスの言葉を信じて、送り込まれてい 
く。床屋として女性の髪を切っていたユダヤ人労働者の証言。それ 
まで明るく元気に証言してきた彼が、息を飲んで語れなくなる。同 
じ床屋の友人の奥さんとお嬢さんがガス室に送り込まれてきた。そ 
の友人はどうすることもできない。ただ奥さんとお嬢さんと少しで 
も長くいたい。長い沈黙の後にようやくこれだけを語ることができた。

 シャワーを浴びると信じてガス室に送られた彼らに、赤十字の 
マークを付けた偽装衛生兵が戸を固く閉じて、ガスを送り込む。致 
死に至るのに10分か、15分かかると別の証言者が言 
う。妻は驚愕する。その間の断末魔の苦しみを、戸を開けることで 
知る。そして硬直した死体を焼却炉で焼いて煙にして痕跡を残さな 
い。ある時に同じ村の出身者たちがガス室に連れてこられ、何もか 
も分からなくなったこのユダヤ人労働者が、自分も彼らと一緒に死 
のうと決心をする。しかしひとりの女性から生き残って証人となら 
ないといけないと言われる。それまでしっかりと語ってきた彼が崩 
れ落ちる。

 収容所の近くで農業をしていた住民のたわいのない証言、収容所 
まで当時の機関車を当時の機関手が運転していく場面、大量虐殺の 
事実を淡々と語る元ナチスの高官たち、ホロコスト研究家の怒りを 
込めた語り、アウシュヴィッツから脱走したかつてのユダヤ人労働 
者のやるせない証言、ワルシャワ・ゲットーの事実を世界に伝えた 
元亡命ポーランド政府の密使であった大学教授の悲哀の証言。9 
時間半は、ただそれらの証言を結び合わせながら記憶を呼び起こし 
ていく。それでありながら、生還者と関係者の記憶の底に留まって 
いたものが、そのまま引き出されて、どうすることもできないで画 
面に留まってくる。何の音楽もない。あの絶滅収容所に向かう機関 
車の音だけである。

 それに意味を加えることも、解説をすることもしていない。記憶 
の底にあったものが生のままで引き出されただけである。しかしそ 
の生のものが、息吹を吹きかけるように、そのままこちらの記憶に 
もじわじわと染み込んでくる。あたかも自分もその記憶の一部であ 
るかのような感覚になる。記憶は時間を超えて過去に至り、過去が 
時間を超えて現在に届いてくる。自分もその歴史の一部であること 
を知る。

上沼昌雄記