私が音楽のことを書くと笑われるのですが、それでも時には共鳴し納得することがあります。世界的なロック歌手であり、シンガーソングライターであるブルース・スプリングスティーンの音楽を折々に聴いてきました。その始まりは多分トム・ハンクス主演の映画『フィラデルフィア』に監督の依頼で作曲した主題歌『ストリート・オブ・フィラデルフィア』に接してからだと思います。1994年のアカデミー賞で、トム・ハンクスは主演男優賞を、『ストリート・オブ・フィラデルフィア』は歌曲賞を獲得しています。
ロック歌手でありながら抑制の効いたトーンでフィラデルフィアの下町で生活している人たちの苦闘を歌い上げているその響きは、ブルース・スプリングスティーンの心の深くから出ているものと納得します。監督からの依頼で書き下ろしたその歌詞も彼の人生を語っていることが分かります。ユーチューブでそのフィラデルフィアの下町を歩きながら歌っている場面を何度も観ることになりました。
二つのCDを購入して、それをパソコンに入れてどこでも聴けるようにもしました。最近もまとめて聴く機会がありました。ブルース・スプリングスティーンがロック歌手として熱狂的に歌い上げている場面でもどこかで哀愁が漂っていて、それに会衆が一つとなっている場面にユーチューブで接します。自分の中の誰にも触れられない、言葉にもならない、ただ呻きだけでしかない響きをブルース・スプリングスティーンに中に感じ取っているのが分かります。
実は彼自身が若いときからうつ病で苦しんでいてその治療を受けていながら音楽活動を続けていることの記事に接しました。そのことを自叙伝として書物にまとめたものが2016年に出ていることが分かり、早速購入しました。同じ音楽家である彼の奥さんが、歌詞を作るようにこの本を書いているというコメントがあります。確かに自分の人生の断面とその折りに出ているヒット曲が重なり合って響いてきます。本のタイトルは”Born to Run”ですが、同名のヒット曲がすでに1975年に出ています。その曲の日本語名は『明日なき暴走』となっています。
528頁わたる自叙伝ですが、家族に伝わってきた精神的な病が特に父親にも伝わっていて、その父親との格闘が彼の人生を支配してきたことを折々に記しています。その記述も音楽的とも言ます。長々と解説をしているのでもなく、また単に嘆いてるのでもなく、それが自分の人生そのものであり、そのもの語りを歌で体現してきたことを流れるように語っています。
1982年配信の『ネブラスカ』というアルバムに”My Father’s House”という曲があります。自叙伝の最後の章でこのことに触れています。父について書いた最良のものであることを認めつつ、その最後の文面は充分ではないことが分かったと言います。自分たちの罪はそのままになっているという文面で、次のような表現になっています。”Where our sins lie unatoned,,,”
なぜ不充分と思ったかというと、そのままでは罪を自分の子供たちに受け継がせてしまうと気づいたからです。確かに自分の父親との確執は、形が違っても自分の子供たちにも影響するものであるが、それでもそれは自分の罪であることを認め、少しでも癒やしをもたらしていく責任を果たすことで、子供たちがさらに信仰と希望と愛を見いだしていくものであると気づいたからだと言います。2014年の”High Hopes”という曲でその希望を歌い上げています。
自叙伝の初めでカトリック教会で育ったことが記されています。形として離れることになっても、イエスとは個人的な交わりを持っていることを認めています。イエスの愛を知っています。そして自叙伝の終わりで、うつ病のことを告白し、父親との確執から解放されて深い慰めに満ちているブルース・スプリングスティーンの心に、静かに「主の祈り」が浮かび上がってきます。それを繰り返し唱えている自分をさらけ出しています。
上沼昌雄記