「人間としてのキリスト者」2016年9月9日(金)

 N.T.ライトがその著『クリスチャンであるとは』の終わりにかけて、クリスチャンとして生きることは真の人間として生きることであると、繰り返し語っています(191,200,310,311,313,315,334頁)。翻訳をしていたときから今に至るまで、この表現について考えています。見方によってはとんでもないことを言っているわけです。クリスチャンでなければ人間として生きられないともなるからです。また自分の理解しているクリスチャンのイメージが、真の人間としていることになるのかと自問させられるからです。取りも直さず自分もライトと共に、クリスチャンとして生きていることで、真の人間として生きている実感を持っているのか問われるからです。

 ライトの聖書の全体像を理解する前に、実は、ユダヤ教徒で哲学者であったレヴィナスの著書を読んできました。誰もが苦闘させられる内容なのですが、不思議に分かってくることは、ユダヤ教のことを展開していながら、それが哲学的な根本問題を提起していることです。別な言い方ですと、旧約聖書の世界が人間としての生き方の提示そのものである分かってきます。レヴィナスは説教者でないので、口を酸っぱくして宣伝しているのではなく、人間存在を現象学的に提示しているだけです。その視点が従来の西洋の哲学とあまりに違うので、理解するのに苦労します。しかしそれは旧約聖書の世界だと分かると、人間理解と聖書理解に新しい地平が開かれてくるのが分かります。

 レヴィナスは、イザヤ書58章7節「飢えた者にはあなたのパンを分け与え、家のない貧しい人々を家に入れ、裸の人を見て、これを着せ、あなたの肉親の世話をすることではないか」と言うことを大切にしています。興味深いことにそれに呼応するように、マタイ福音書25章40節「あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さいものたちのひとりにしたことは、わたしにしたのです」と言われていることを見いだして驚いています。レヴィナスは神を愛することと隣人を愛することをそれほど区別していません。そこに人としての生き方を見ています。ユダヤ教は宗教の一つとして意味があるのではなくて、人間の生の一部として意味があると言っています。

 ライトも同じ意味で、キリスト教を宗教の一つとして取り上げているのではなく、人間の生き方として提示していることが分かります。ライトが、旧約と新約の結びつきを大切にして、創世記から黙示録までの全体像を提示しているときに、旧約のひとつひとつも人間として生きるために不可欠であると語っています。律法(トーラー)についても次のように言っています。「一世紀の敬虔なユダヤ人にとってトーラー(律法)は、遠く離れた神による恣意的な定めではなく、イスラエルをヤハウェに結びつける契約を意味する特権であった。それは、真の人間とは何かを見いだす道である。」(310頁)そこにキリストと聖霊による助けがあって律法が成就していくのです。新改訳によるローマ書10章4節の「キリストが律法を終わらせた」のような理解ではなく、その脚注にあるようにキリストは「律法の目標」なのです。聖霊がそれを助けてくれます。そうすることで私たちのうちにも律法が成就していきます。

 レヴィナスは、当然ですが、旧約にとどまってしまいます。ライトはさらに新約で、キリストの十字架と復活、そして聖霊の助けによって、 神の創造が新しくされることを、黙示録までで展開しています。そのために神のかたちを担う者として、私たちがこの地で、この世で神を愛することと隣人を愛することを、責任を持って果たしていくことが求められます。そうすることで真の人間として生きることになるのです。それは実際には大変なことです。自分の殻に閉じこもっているわけにいかないからです。自分からでて、神と隣人に向かっていくのです。この点においてレヴィナスもライトも西洋思想の自己中心性を見抜いています。執拗な自己愛から出ていくことで、真の人間としての生き方があるのです。それは厳しいことですが、キリスト教の存続に関わることです。

上沼昌雄記

Masao Uenuma, Th.D.
muenuma@earthlink.net
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「ミニストリー25周年」2016年8月29日(月)

 東京から北カリフォルニアのフォレストヒルという山の中に移り住んだのが27年前になります。教会関係とか何かの仕事のツテがあって移り住んだわけでありません。ともかく生活のために何でもしなければなりませんでした。山を下りた町にデニーズのレストランがあり、そこで皿洗いを始めました。休みなしに入ってくる皿を洗いながらこれから何をすべきか祈っているときに、今まで祈ってきたことを今始めなさいという、それは神の直接の声のような導きをいただきました。

 神学校でむずかしい三位一体の教理を教えながら、現実の牧会では何も生かされないギャップを感じてきただけでなく、現実の自分の生活においても生かされないという事実にぶつかりました。神学としては理論的で純粋で間違いはないのですが、現実には家族を傷つけ、苦しめてしまうギャップを抱えていました。そのギャップを埋める働きを、引退してから始めてみたいと漠然と思っていました。それを今始めなさいと言われたのです。そうだと思いました。

 ともかく今まで学び、気付かされ、格闘していることを文章にしてみようと思い、当時高価であった箱形のマックを購入して、「三位一体の神」などの文章を書き、印刷して、自分で製本をして配布することから始めました。フォレストヒルの山の教会の牧師とクリスチャン・ビジネスマンのロブさんが認めてくれて、教会の宣教活動として25年前に「聖書と神学のミニストリー」として活動を始めました。

 また私より数年前にサクラメントに移り住んでみくにレストランを経営しながら牧会していた荒井牧師と知り合いました。当時はまだ1号店しかなく、文字通り格闘をしていました。店内のペンキ塗りを真夜中にさせていただいたこともあります。2年間パートの牧師をさせていただいたイーストベイ・フリーメソジスト教会で八木沢さんご夫妻と知り合いました。そして昨年召された義父のライオン宣教師にもお願いして、ロブさん、荒井先生、八木沢さん、そして私を入れての5人の理事で今まで歩んできました。

 この金曜日(9月2日)の午後1時に25周年記念の理事会を荒井先生の「みくにカイゼン」で持ちます。それは8号店目ぐらいのトレンドなお店です。理事の方々へ少しでも感謝な思いを表さればと思っています。倒れそうなミニストリーを霊的にも、精神的にも、経済的に支えてきてくれました。同時にこの方々の生き方自体がミニストリーの求めてきたものなのだと思わされています。純粋な神学の枠には収まりきれないのですが、神の愛と信仰と希望にあふれて、ビジネスをし、レストランを経営し、ご自宅を開放して人をもてなしています。

 今始めなさいと皿洗いをしているときに言われたことが、その通り実現しているのか判断しようがないのですが、支えてくれている理事の方々の生き方を見ていて、ミニストリーも多少なりとも近づいているのかなと思わされています。自分の益ではなく、神の栄光と人への奉仕のために召されているのだと確認しています。

 25年の間のコンピュータの進展は驚くべきものです。ある時点からウイークリー瞑想を書いて発信してきました。今回はそのなから25を選んで「ウイークリー瞑想25選集」を作りました。 今までの皆様との交わりを感謝したく思いました。 手作業の製本も終わりました。秋に日本に行きますので、その折にお渡しし出来ればと願います。

上沼昌雄記

Masao Uenuma, Th.D.
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「自分の十字架を負って、と言われるのですが」2016年8月26日(金)

 子どもたちを通して私たちより少し年配のご夫妻、ジムとバーバラ、と知り合いました。奥様のバーバラが、大脳皮質基底核変性症(Cortico Basal Syndrome/Cortico Basal Degeneration)という病気を患っていて、その試験的治療のためにヴァージニア州からUSサンフランシスコ大学病院で来ています。3週間おきの投与が年末まで続きます。その間の宿舎が必要で、3年前にご主人をなくされた奥様が申し出てくれて、先週末から滞在を始めました。

 症状はパーキンソンに似ていて、体の機能が低下して行きます。すでに車いすですべてをジムが面倒見ています。ジムが食べさせたものは咀嚼できます。それ以外はすべてジムに頼る状態です。それでもバーバラは誰かのためになればと願って、この試験的治療を受けることにしました。この試験的治療は、Randomized Double Blindと呼ばれているようで、11人受けている中の3人は試験的薬ではなくて単なる液体のようです。それが誰なのかは医師も患者も分からないというシステムで、それでDouble Blindと呼ばれるとルイーズが説明してくれました。

 ともかく見ていてこのご夫妻は信じて臆することなく前進しています。その姿は痛々しいのですが、本人たちは当然のように受け止めています。それは正直衝撃です。そんなことができるかどうか自信がありません。滞在している家は居間が2段ほど下がったところにあります。廊下まで車いすで来て、そこからどうするのかと思ったら、ジムがバーバラを肩車でソファーまで運んだのです。当たり前のように座って、ルイーズのピアノをご夫婦で楽しんでいました。

 滞在しているお宅の近くにみくにレストランのローズビル店があり、一昨日一緒にランチを食べに行きました。ルイーズがバーバラを食べさせている間、ジムは神学的な質問をしてくるのです。みくにレストランの創業者の荒井牧師のことも感心していました。奥様の面倒で頭が回らないのではと思うのですが、パウロのギリシャ哲学の関係についてどう思うかと聞いてくるのです。ジムはアメリカ空軍のテストパイロットをしていました。その後弁護士になりました。ですので、体力もありますし、弁護士としてのメンタリティーで納得の出来ないことは何度も丁寧に聞いてくるのです。

 明日知人の葬儀のために、ジムは今日バーバラを連れてサンディエゴ郊外にドライブしていきます。10時間はかかるドライブです。明日の葬儀の後夜の飛行機で一度ヴァージニア州の家に10日間ほど戻り、9月始めにまた次の試験的投与のために戻ってきます。機内でジムはバーバラをどのように手洗いに連れて行くのだろう、と想像するのですが、ルイーズも分からないと返事をするだけです。

 普通ならと言うか、自分なら、気落ちして、ただ家に閉じこもってしまうのではないかと思うのですが、ジムとバーバラはそれが当たり前のように前進します。ジムの口から愚痴の一言も出てきません。同情を求める仕草もありません。ルイーズが持っていった料理に対する感謝の言葉が出てきます。合間に余裕があると神学論議の続きを始めるのです。「自分の十字架を負って」を言われるのですが、ジムとバーバラと身近に接して、こういうことなのだろうと衝撃を受けています。

 彼らの息子さんと私たちの義樹が海軍兵学校で一緒でした。そんなことで関わりが始まりました。ヴァージニア州では次女の泉が比較的近くに住んでいてよく食事を作って運んでいます。その泉がクエートでの仕事を終えて9月1日に戻ってきます。ジムとバーバラに会えるのを楽しみにしています。

上沼昌雄記

Masao Uenuma, Th.D.
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「自分の十字架を負って、と言われるのですが」2016年8月26日(金)

子どもたちを通して私たちより少し年配のご夫妻、ジムとバーバラ、と知り合いました。奥様のバーバラが、大脳皮質基底核変性症(Cortico Basal Syndrome/Cortico Basal Degeneration)という病気を患っていて、その試験的治療のためにヴァージニア州からUSサンフランシスコ大学病院で来ています。3週間おきの投与が年末まで続きます。その間の宿舎が必要で、3年前にご主人をなくされた奥様が申し出てくれて、先週末から滞在を始めました。

症状はパーキンソンに似ていて、体の機能が低下して行きます。すでに車いすですべてをジムが面倒見ています。ジムが食べさせたものは咀嚼できます。それ以外はすべてジムに頼る状態です。それでもバーバラは誰かのためになればと願って、この試験的治療を受けることにしました。この試験的治療は、Randomized Double Blindと呼ばれているようで、11人受けている中の3人は試験的薬ではなくて単なる液体のようです。それが誰なのかは医師も患者も分からないというシステムで、それでDouble Blindと呼ばれるとルイーズが説明してくれました。

ともかく見ていてこのご夫妻は信じて臆することなく前進しています。その姿は痛々しいのですが、本人たちは当然のように受け止めています。それは正直衝撃です。そんなことができるかどうか自信がありません。滞在している家は居間が2段ほど下がったところにあります。廊下まで車いすで来て、そこからどうするのかと思ったら、ジムがバーバラを肩車でソファーまで運んだのです。当たり前のように座って、ルイーズのピアノをご夫婦で楽しんでいました。

滞在しているお宅の近くにみくにレストランのローズビル店があり、一昨日一緒にランチを食べに行きました。ルイーズがバーバラを食べさせている間、ジムは神学的な質問をしてくるのです。みくにレストランの創業者の荒井牧師のことも感心していました。奥様の面倒で頭が回らないのではと思うのですが、パウロのギリシャ哲学の関係についてどう思うかと聞いてくるのです。ジムはアメリカ空軍のテストパイロットをしていました。その後弁護士になりました。ですので、体力もありますし、弁護士としてのメンタリティーで納得の出来ないことは何度も丁寧に聞いてくるのです。

明日知人の葬儀のために、ジムは今日バーバラを連れてサンディエゴ郊外にドライブしていきます。10時間はかかるドライブです。明日の葬儀の後夜の飛行機で一度ヴァージニア州の家に10日間ほど戻り、9月始めにまた次の試験的投与のために戻ってきます。機内でジムはバーバラをどのように手洗いに連れて行くのだろう、と想像するのですが、ルイーズも分からないと返事をするだけです。

普通ならと言うか、自分なら、気落ちして、ただ家に閉じこもってしまうのではないかと思うのですが、ジムとバーバラはそれが当たり前のように前進します。ジムの口から愚痴の一言も出てきません。同情を求める仕草もありません。ルイーズが持っていった料理に対する感謝の言葉が出てきます。合間に余裕があると神学論議の続きを始めるのです。「自分の十字架を負って」を言われるのですが、ジムとバーバラと身近に接して、こういうことなのだろうと衝撃を受けています。

彼らの息子さんと私たちの義樹が海軍兵学校で一緒でした。そんなことで関わりが始まりました。ヴァージニア州では次女の泉が比較的近くに住んでいてよく食事を作って運んでいます。その泉がクエートでの仕事を終えて9月1日に戻ってきます。ジムとバーバラに会えるのを楽しみにしています。

上沼昌雄記

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「友を失う」 2016年8月22日(月)

 立場上友といえば教会関係の方が多いのですが、友人Yさんは日本の代表的な企業で、世界的な企業でもあるのですが、その国際関係の部門のトップにもなった人です。15年ほど前にシンガポールの日本人教会で知り合いました。その企業のシンガポールでの担当者をしていました、同時に日本人教会の責任者もしていて、私を招いてくださるときの担当もしてくれました。シンガポールに伺う前のYさんとのメールのやり取りのきめの細かさと、シンガポール空港で出迎えてくださったときの本人の豪快さとが対照的であったのを今でも覚えています。

 ご夫妻が日本に戻られてからは、まさに国際関係の担当者として、休む間もなく世界中を飛び回ることになりました。その仕事に合わせて2011年のゴールデンウイークを使って奥様と北カリフォルニアのわが家を訪ねてくれました。敷地を歩きながら、こちらの話を聞いているふりをしながら、大きな木に向かって歩き出し、その前で立ち止まり、そして手で触れて、最後には耳を傾けることまでされました。タホ湖にもお連れしたのですが、湖畔でお昼を食べるとまた木に向かって歩き出し、木をなぜ、匂いを嗅ぎ、耳を傾けているのです。

 Yさんの先祖が、伊豆の山のなかで働く「そま」であったと言うことです。樵(木こり)の職業であったと言われました。三代目まで「そま」を生業にしていて、お父様も木材関係の仕事をされていました。お父様とも一度お会いすることができました。Yさんがわが家のまわりを散歩しながら記してくださったものがあります。「木漏れ日の柔らかな感触。自然の木のなかを流れる水の流れ。懐かしい思い。先祖から流れる血が蘇るような感覚に浸ることの出来た一時であった。」豪快なYさんの中に静かに流れる水の音が聞こえてきました。

 Yさんは正直な人で、私の『夫たちよ、妻の話を聞こう』が苦手だったようです。つまり奥様の話を聞けないと奥様に正直に告白していました。それでも試練の中をお二人が寄り添って歩んでいる姿をうかがい知りました。今年の4月には旧東海道沿いの老舗のお蕎麦屋さんに連れて行ってくれました。奥様と三人で駅から歩くことになりました。そして、食事をいただきながら、N.T.ライトが「クリスチャンであるとは」真の人間として生きることであると言っている意味を勝手に話していたのを、その通りだよとねと相づちを打ってくれました。私はその企業にYさんが遣わされているのは神の計画ではないかというようなことをお伝えしました。それは今でも思っていることです。

 それが最後でガンの末期と分かり、8月20日(土)の朝に召されました。仕事で世界中を飛び回り、これからゆっくり休んで欲しいと願う前に召されてしまいました。闘病の様子を奥様がメールで知らせてくださいました。最後は話を聞くことの苦手であった奥様の話をしっかりと聞かれていたようです。

 Yさんは歴史が大好きでした。歴史の先生になったらよかったのにと思わされました。歴史に基づいての世相批判は聴き応えのあるものでした。また自由な発想を身に着けていました。それは多分仕事の面でも生かされたのだろうと想像します。そして実は、もう少しで企業からも解放されるので、そのあと伊豆の山のなかでゆっくりと語り合うのを楽しみにしていました。人生の後半をいっしょに語り合いたいと願う稀な友でした。その友を失いました。

上沼昌雄記

Masao Uenuma, Th.D.
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「村上春樹はむずかしい、と言う」2016年8月18日(木)

 昨年の暮れに岩波新書で評論家・加藤典洋著『村上春樹は、むずかしい』がでて、この春に日本で手にして、旅をしながら読みました。そしてこの夏にもう一度じっくりと読みました。何とも評論家はこのような分析をしながら読むのかと思わされました。多分多くの読者は、そのような分析なしに、自分のなかで納得するものがあって村上春樹を読んでいるのだと思います。それが国境を越えて太陽の西まで届いているのです。

 何故に「むずかしい」と言われるのかはさておいて、分析の骨子は、村上春樹の個としての内面と、対社会である外面との関わりを時代とともに対比して、初期、前期、中期、後期と時代区分をしていることです。興味深いことに、その後期(1999年から2010年)を語る第三部を「闇の奥へ」と位置付けています。

 その後期は、個としての内面を取り扱う「小さな主題」と対社会を視野に入れる「大きな主題」との拮抗が『!Q84』を代表して明確になりながら、その後『色彩を持たない多崎つくると、巡礼の年』と『女のいない男たち』で、「小さな主題」に戻っていると見ています。もう一度「大きな主題」との関わりが出てくるものを期待して、終わっています。しかしそれは、この後期と今に至るまでの村上春樹のなかに、「小さな主題」を取り上げながら、それは「闇の奥へ」沈潜していく作業と見ていて、「小さな主題」を掘り下げることでそこで避けることなく出合う「大きな主題」を想定しているからです。

 拙書『闇を住処とする私、やみを隠れ家とする神』で、この村上春樹の視点を紹介したのですが、同時に同じような視点で存在を観ている哲学者としてレヴィナスを挙げました。そのレヴィナスを精神分析学の視点から説き明かしている興味深い著書に出会いました。村上靖彦著『レヴィナスー壊れものとしての人間』です。レヴィナスの哲学を「外傷の哲学」と呼ぶのです。すなわち、存在そのものはすでに避けられないかたちで外傷・トラウマを負っていると見るのです。存在は純粋無垢で、知識を積み重ねれば自我の確立に至るものとは観ていないのです。その伝統的な存在理解は崩れ去ったのです。ホロコーストを経験したものには存在の悪性と外傷性は避けられないのです。

 それはホロコーストを経験したものでなくとも、誰もがすでにトラウマを負っていることを「色彩を持たない多崎つくる」を通して村上春樹は描いています。「色彩を持たない」と言うことで普通の人だと言っているかのようです。それでも、そのトラウマは本人を自殺願望にまで追いやります。そこから回復して巡礼の旅に出る、すなわち、回復の旅が描かれています。と書くと簡単なのですが、自殺願望の状況やそこから回復していく描写はまさに世界的な小説家の手によるものです。

 『1Q84』の後の小説としては物足りないというコメントもあったように思いますが、20歳の時に受けた外傷を36歳になってそれなりに回復の旅に出る、それは簡単なことではありません。レヴィナスのいう有責性にも通じるものです。壊れものとしての人間が、自分の「外へ」と出ていくことで逆にいやされていくのです。レヴィナスの『存在の彼方へ』の最終章「外へ」の招きなのです。

 外傷を負っていながら、その回復のために出ていくこと、それはむずかいいことです。どうしても内にとどまってしまいます。それをはね除けて「外へ」出ていくこと、それはとてつもなく困難なことです。存在そのものの難しさと言えます。そうなると、村上春樹がむずかしいのか、存在そのものがむずかしいのか、何とも言えなくなります。

上沼昌雄記



Masao Uenuma, Th.D.
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「イチロー」2007年9月10日(月)

 イチローのメジャーリーグでの活躍には眼を見張るものがある。アメリカという国で生活し、格闘し、もがいている者としてイチローは魅力的な存在である。家のテレビは3つのチャンネルしか観ることができず、野球中継といっても地元のチームの放映が中心なので、イチローの試合を観ることはほとんどない。幸いオールスター戦で、外野のフェンスに直撃したボールが逸れた間に本塁まで駆け抜けた状景と、その後MVPの受賞のインタビューは聞くことができた。それで、インターメット上で紹介されるイチローの活躍と彼の語録のようなものをそれなりに気にしながら読んでいる。

 イチローが達成した記録には、2004年の年間最多安打のように、聞いたこともないような全く過去の選手との比較が出てくる。つい最近は7年連続200本安打の記録を達成している。今朝のインターネットでも昨日の試合で、年間「200本安打、100得点、30盗塁」を同じように7年連続で達成しているが、イチローだけだと言う。そのたびに随分古い記録との比較が出ている。

 イチローは攻守、走塁、どの面でも長けている。そのための大変な努力をいているのだと思う。メジャーリーグは年間162試合である。一試合一本のヒットでは年間200本にはならない。途中で怪我をしたら終わりである。ヒットのない試合もある。しかも最大3時間の時差のあるアメリカ大陸を横断しながら、その上引き分け試合がないという、長丁場を耐えなければならない。体力のあるアメリカ人選手でも疲労困憊する。

 どこかのインタビューの記事で、試合中でも力を抜いているようなことを言っている。いつも力を入れていたら疲れてしまう。力を抜いて風の流れれに身を任せて、浮いていることで体力の消耗を避けている。同時に力を入れるときには最大限出せるようにしている。確かにバッターボックスでもすんなりと立っていて、特別構えているようでもない。ほとんどのバッターが身構えているのでよく分かる。またイチローはどう見ても走りながら打っているように見える。打った瞬間に右バッターより3,4歩ほど先にいる感じである。

 ディゲームでセンターに上がったフライを、捕球の姿勢を見せていながら、ボールはその向こうに落ちた状景を覚えている。インターネットの記事で、フライが太陽の中に入ってしまって見えなくなったのを、あたかもとれるような姿勢を取って2塁か3塁の走者を釘付けにするためだったと言っている。最近2塁に盗塁して、これは間に合わないと分かって、ベースの前で立ち上がって、2塁手ヤンキースのジーターのタッチを避けたが、審判がそれを見ていなくてアウトにされた記事を、想像しながら読んだ。

 誰もがよい成績を残そうと大変な努力をしている。しかも力があり、体力がある。アメリカ人とペンキ塗りの仕事をしたことがあるのでよく分かる。野球という一大ゲームの可能性を誰もが最大限に延ばそうとしている。バリー・ボンズはホームラン記録を塗り替えた。日本人選手も頑張っている。メジャーリーグは今までになくエキサイトしている。

 イチローは、そんな可能性が最大限に追求されているなかで、それを乗り越えるだけの能力を備えているのと同時に、考えられる可能性だけでは見えない、何か野球というゲームのなかでそれでもなお見落とされている面を、瞬間的にか直感的にか感じ取って、その隙までプレーをしているようなところがある。そのように思えて仕方がない。ただ頑張って頑張って乗り越えようとしているのであれば、息切れしてしまう。息を抜きながら、もうこれ以上可能性がないと思われるメジャーの試合のなかで、どこかに見落とされている面を見抜いている。今までに見たこともないようなプレーに観客が興奮している。

 イチローは曲芸師でも、忍者でもはない。野球の本道を身に着け、その中心を歩んでいる。その可能性を最大限に探っている。同時に野球の大筋から外れたというか、見落とされているというか、隠れているというか、考えられないというか、ともかく窮め尽くしてもなお見えない可能性を、多分直感的に感じ取っている。それに瞬間的に、本能的に体がついている。その結果、メジャーリーグに大きなズレを引き起こしている。今までにない揺れを起こしている。新鮮なエキサイトを引き起こしている。

 神学はメジャーリーグよりもはるかに古い2千年の歴史がある。学問として神学に関わった人の数は抜きんでている。提示された神学も数え切れない。学としての神学の可能性を今でも追求している。体系として整っている。何も新たに付け加えることのないほどである。聖書としてのテキストがあり、神学としての枠組みがあり、体系がある。誰もが2千年の神学の歴史の重みのなかで生きている。福音派は福音主義という神学の枠を持っている。その枠は抜き差しならないほどしっかりとしている。

 神学に歴史があり、枠組みがしっかりしていればいるほど、それ以上の隙間やズレはもはやなさそうである。しかしそれは同時に、生きた神を、また御霊の流れを固定化して、停滞を招いている。身動きがとれず、息苦しくなっている。魅力もなくなってきている。という神学の現状がありながら、聖書には生き生きとした息吹があり、引き込まれる流れがあり、眼を見張る魅力さがある。それに生かされている。同時に、神学によって閉じこめられている。  

 限られたなかで神学をしてきて、しっかりと築き上げられている神学に、どこかにズレがあり、隙間があり、見落としているものがあり、隠れているものがあるのではないかと思わされている。そこに触れることができ、捉えることができたら、神学の全体がずれてきて、見落とされたものが見えてくるのかも知れない。それ以上ないと思われる神学のズレや隙間を捉えることができたら、今まで見えなかった聖書の世界に入ることができるのかも知れない。そんな感覚をいただいている。

上沼昌雄記

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神学モノローグ
「イチローと村上春樹」2010年9月24日(金)

 しばらく前は、今年のイチローは200本安打が大丈夫かというような記事をネットで読んでいた。確かに一時大夫停滞していたのを覚えている。イチローも衰えが出てきたのだろうかとも思った。しかし9月に入っていつものような量産が始まってあれよという間に、昨日見事に10年連続200本安打を達成した。昨日は家にいてハイスピードのネットがないので観られなかったが、いま事務所に来て大リーグのウエブでビデオを観ることができた。昨年は9月の初めに、9年連続の新記録をテキサスの球場で、しかも夜更けに達成したのを覚えている。今回は快晴のもとトロントでのことであった。それにまつわる記事とインタビューも読むことができた。

 すでに69歳になっているピート・ローズと比較されている。40年近く前にシカゴ郊外で学びを始めたときに、妻の友人たちからピート・ローズのことを聞いていた。そののち監督時代に野球賭博に関わって球界を追われる身になったのだと思う。それでも彼の記録は超えがたいものと残っている。それを「超えてあげたい」とまでイチローは言う。そんなことを言えるイチローの、強さではなく、柔軟性に思いを馳せている。強さでは勝てないし、強さだけではここまで来ることはできなかった。強さをすり抜けるというか、力と力の間の隙間をすり抜けるような柔らかさが彼にはある。

 三塁手が突っ立っていると思ったらその前にバンドをして、悠々一塁に走り抜ける。どんな強肩な捕手でも年で衰えてきたと思ったら、遠慮なしに二塁でも三塁でも滑り込んでしまう。ヘンス際のボールであればよじ登ってホームランを阻止してしまう。レーザービームと呼ばれた外野から三塁手へのボールはランナーの手前しっかりと届いてしまう。いままでにない、そして忘れられない場面の数々を提供してくれている。

 村上春樹の『1Q84』のブック3を、イチローの今回の快挙の前に、何度目になるのか明確ではないが読み出した。そして、昨晩読み終えることができた。1Q84という時代というか世界の設定、そこでのふたつの月、マザとドウタ、レシヴェとパシヴァ、20年にわたるロマンス、学園闘争と新興宗教、そんなおかしな設定がなされていながら、自分のなかのどこかで置き忘れてきた古い荷物をもう一度開けられるような感覚を覚える。読む度にその感覚が深くなる。月がふたつだとか、1Q84のおかしな世界が、架空のものでなく、自分のなかのどこかで置き忘れてきて、思い起こさせられるものとなるのである。

 神学書を読み、コメンタリーを読み、哲学書を読み、また自分なりに小説を読んでいるが、多くの場合に正面から語られている感じがある。これが問題でだからこうしたらよいというテキスト的というか、回答提供型のものが多い。当然それなりに意味があるが、物足りなさが残る。自分のなかの触れられていない面がいつまでも、水の下に留まっている濁りかすのように心の隅に残っている。

 村上春樹が書くものはその正面の課題をすり抜けているところがある。何を村上春樹は言いたいのかと問われると、そんな問いを上手にすり抜けて、いつの間にか背後に回っていて、問いをかけた人も気づかない意識の背後を揺さ振るのである。『1Q84』のブックレビューに、こんなのは小説でないという酷評がある。そうも取れるのだろうと素人ながら思う。それありながら、日本語の限界をあっさりすり抜けて、世界中で読まれてしまう。

 イチローの今回の200本安打が二遊間をきれいに抜けていくのを何度も観ながら、村上春樹の文章が私のなかの二遊間の守りをきれいに抜けて、自分でもまだ分からない意識の背後にボールが転がっていているような感じがしている。そんなことができるふたりのしなやかさに恐れ入っている。そのためにこのふたりが怠りなく自分の可能性の限界を伸ばそうとしている努力には驚異すら感じる。

 同じバッターフォームでは10年も毎年200本安打は打てないことをイチローは知り尽くしている。『ノールウエイの森』でも『世界の終わりとハードボイルで・ワンダーランド』にしても、それと同じスタイルでは、自分がいずれ死んでしまうことを村上春樹は知っている。このふたりのしなやかさは、信仰の新しさをいただいているものが当然身に着けていないといけないのだが、どうも自分のなかで逆になっている。

上沼昌雄記

Masao Uenuma, Th.D.
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